1・俺の紋章がマジでゴミすぎる件について
蒼空の下、俺––––エルド・フォルティスは陽光に照らされていた。
女神アルナを黒幕とする世界大戦が終わり、俺たちの住む大陸には平和が訪れて久しい。
いやはや懐かしい限りで、あの戦争からもう2年が経とうとしている。
昔の同僚は各地へ散り、教導官として引っ張りダコになっていると聞く。
もちろん俺も例外ではなく、この2年で”少尉“にまで昇進していた。
1個小隊(60名)を率いることのできる階級だ。
「フォルティス少尉! 突入準備完了しました!」
「よっし、じゃあ始めるか」
––––水上都市トロイメライ。周囲を海峡や大洋に覆われた、白が基調となった都市。
レーヴァテイン大隊として、初の任務を行った地でもある。
そこの訓練場で、俺は朝から新兵の訓練を行っていた。
「銃口は常に視線と同期させろ! 残弾数に気を配れ!!」
訓練部隊は、殺傷力の低いゴム弾を銃に装填して建物を次々にクリアリングしていく。
敵は“人間”を模した模型である、これが数年前ならモンスターの形だったんだがな......。
俺が思いにフケっていた時、ふいに建物の中から叫び声が響いた。
それに伴い、フルオートの射撃音もこだます。
「始まったか、さーて......何分もつかな」
1分ほど続いたけたたましい騒音は、やがてゆっくりと消えた。
俺は時計を見てから、一軒家を模した建物に入る。
入り口を超えてすぐ......硝煙の奥から、聞き慣れた声が聞こえた。
「反応は良かったっスけど、ちゃんとサイトを合わせながら振り向くべきでしたねぇ」
倒れる訓練部隊の中央に、スコップ......別名エンピを持った少女が立っていた。
茶髪を腰まで伸ばし、黒が基調の軍服を纏う。
「言われたとおり制圧したッスよ、エルドさん」
振り返る少女。
なびいたプリーツスカートから出る華奢な足は、ニーハイソックスで覆われていた。
「お疲れセリカ、さすが西方トップの野戦教導官だな。まさかフルオートライフルを相手に勝つとは思ってなかったよ」
「褒めてもなんも出ませーん、これが仕事なんですし」
俺の戦友にして同胞、そして彼女のセリカ・スチュアート1等騎曹だ。
初めて出会ったとき14歳だったのが、もう17歳を間近に控えている。
胸も身長も、心もしっかり成長した。
「しょ、少尉......まさかこれって」
軽い打撃でノビていた新兵が、慄くようにして起き上がった。
「あぁ、抜き打ちの強襲対応訓練だ。最近お前ら注意散漫もいいとこだったろ。なんで教導官のセリカに頼んで喝を入れてもらった次第だ」
「クッソ〜......油断したぁー」
「空砲じゃなく、ゴム弾を装填した時点で気づくべきだったな」
「やられた......」
結局、新兵たちは午後からも追加での訓練が決定した。
まったく......先が思いやられるな。
仕事をしていると、気づけば日が水平線の向こうに落ちていく。
課業終了後、俺は基地の近いところにある家へまっすぐ帰る。士官用の官舎だ。
木製のドアを開けると、先に帰宅していたセリカが出迎えてくれた。
「おかえりなさいエルドさん、今日もお疲れっス」
「ただいまセリカ、今日は休日だったのに訓練手伝ってもらって悪かったな」
「大丈夫♪、どうせ暇だったし。それよりご飯食べましょう」
俺とセリカは、付き合って半年目にしてとうとう同居していた。
っと言っても、レーヴァテイン大隊時代も同居していたので残念ながら新鮮味はない。
「またミハイル連邦と魔王軍が小競り合いを起こしたみたいッス」
「飽きないなホント......、アルミナたちは頭痛に悩まされてる頃かな」
リビングのラジオをつけると、女性キャスターの声が鳴った。
『既に、国境部には50個を超えるミハイル連邦歩兵師団が確認されており、新生魔王アルミナは王国と対応を協議するため、明日まで王都に駐在するとのことです』
「こんなときラインメタル大佐がいてくれればな......」
思わず独りごちる。
「いや〜難しいでしょうね......、新大陸で駐在武官やってるとは聞いてますけど、レーヴァテイン大隊の解散式以降、一度も会ってないんですもん」
「だよなぁー......、あのひと生粋の仕事中毒だし、旧大陸のことなんてもう眼中にすら入ってなさそうだ」
女神アルナをぶっ殺し、あの人は遂に勇者としての力を殆ど失った。
なのに、最後に会った俺の記憶ではたしか対物ライフルの弾を素で避けてた。
「解散式の日覚えてるか? ラインメタル大佐を狙った赤軍の暗殺スナイパー」
「それはもう......たしか奇襲の対物ライフルをなぜかサッと避け、反撃に傍にあったナイフを150メートル以上離れた塔の狙撃手へぶん投げて殺害......。やっぱ人間じゃないッスよあの人」
上着を脱いで、ラジオを消しながらセリカの頭を撫でた。
「そんな人に俺たちは認められたんだ、きっとどんな困難も超えられる」
「そう......ですね」
触れれば壊れてしまいそうなほど柔らかい肌が、俺へ近づく。
もの凄く良い匂いがして、思わずギュッと抱きしめようとした瞬間だった––––
『おぉー熱々じゃのー! ええぞええぞー、一線超えちゃえー!』
右手の甲にある、魔法の源である紋章。
そこから幼なげな声が部屋に響く。
文字通り頭から冷や水がぶっかけられたようだった。
ここ半年ずっとこうだ......、俺たちが一線を越えられない原因にして、元凶。
「ッ......!! ヴィゾーヴニル! てめぇなぁ〜っ......!!」
『おや、キスとかしないのかえ? 遠慮せんでええぞ』
旧ユグドラシルの守護者––––とてつもない激戦の末、俺に宿った神獣ヴィゾーヴニルだった。
登場人物おさらい。
「ヴィゾーヴニル」
エルドに88ミリ砲を食らわされ、紋章へ宿った神獣。
これによりエルドは魔力無限に加え、全ての属性魔法が使えるようになった。備考:のじゃロリ。
ここ半年ずっとからかってくるのでとにかくウザい。byエルド&セリカ。
※次回更新は1月31日となります。