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最終話 国営パーティーの魔王攻略記

 

 ――――王国軍参謀本部。


 叡智の牙城、知識の温床とされるこの場所に僕は訪れた。

 なに、旅立つ前のちょっとした挨拶だ。


 スーツケースを転がす僕を見た参謀官たちが、例外なく敬礼を送ってくる。

 そんなに偉くもないのだが......、軍のルールとは大変なものだ。


 ある部屋の前に立ち、ゆっくりとノックする。


「入りたまえ」


 入室と共に、既に部屋で座っていた1人の佐官が僕へ声をかけた。


「久しぶりだなジーク・ラインメタルしょう......失敬、今は大佐だったか。元勇者殿」

「これはこれはカヴール大佐、本日はお忙しいところ大変恐縮です」


 そういえば僕も大佐になったんだっけ、楽しい大隊長時代が懐かしい。


 ちなみにカヴール大佐――――彼はV−1初発射や、吸血鬼姉妹との決闘を1年半前に見届けていた軍人だ。

 そして、ことあるごとに僕へ不信感を持ってくれた人物。


「まずはおめでとうラインメタル大佐、新大陸の駐在武官に選ばれるとは......王国軍参謀本部としても鼻が高い」

「光栄であります、小官には身に余る栄誉です」


 ソファーに腰掛ける。

 眼前の参謀官の目に、祝辞という言葉は見当たらない。

 こんな挨拶は社交辞令に過ぎないのだ。


「単刀直入に聞こうラインメタル大佐、君はあの戦争で......一体なにを殺してくれた」


 全くせっかちな男だ、せめてコーヒーが冷めるまで待てないもんかね。


「王国の破滅たりうる苗床と、殲滅すべき悪の権化であります」

「戯言をほざくなっ!! 私は全てわかっているんだぞ! 貴様の犯した大罪をなッ!」

「はてさて、心当たりがありませんな」


 大佐殿はガンっと机を拳で叩いた。

 せっかくのコーヒーがひっくり返ってしまう。


「ジーク・ラインメタル......! お前が以前より行動、言動共に常軌を逸しているのは知っていた。だがまさか、本当に神を殺してくれるとはな......!!」

「安全保障を考えた結果です、必然が必然たるゆえんと言ったところでしょう」

「ッ......!! やはり貴様は、もっと早くに始末すべきだったな。国家のためにも」


 おもむろに拳銃を取り出したカヴール大佐は、銃口を僕へ向けた。

 引き金に指がかかる。


「こうなった以上、ミハイル連邦と対立している場合ではない。大陸内で連合を再び作り、新大陸との競合に備えねばならん。神の加護なしで国家は――――人間は栄えられない」


 まったく、参謀本部にまだこのような子供がいたとは。

 なんとも非建設的で短絡的、往々にして因果とは廻るものだな。


「カヴール大佐、算数の問題を出しましょう。1+1はわかりますか?」

「ふざけているのか? それとも自分の置かれている状況がわからないのか?」

「いえ――――」


 僕は魔力を解放すると、大佐の銃を掴んだ。

 発砲されるが、向きを逸らしたおかげで頬を掠めるだけに留まる。


「グッ......! ぬああっ!?」

「1+1の答えは2です、ならこれを高いか低いか、大きいか小さいかを判別するものとはなにか」


 銃口を握りつぶす。

 武器を失った哀れな大佐へ、僕は両手を広げながら続けた。


「人間の価値観、概念そのものなんですよ」


 ゆっくりと、部屋を巡り歩く。


「我々は"2"という数字を適当と判断しますが、連邦においてはこの限りではないでしょう」

「どういう意味だ......っ!」

「多すぎるのです、"2"という数字は」


 天井を見上げれば、女神が慈悲深く人間に恩寵おんちょうを与える様子が描かれていた。

 人類全てが共生できるようにと願いを込めて。


「ミハイル連邦を創ったある革命家はこう言ったそうです。『帝国主義者同士は仲違いする』......と」

「我々は帝国主義ではない!」

「似たようなものです、同じ覇道を唱える覇権主義者なのですから」


 大佐の顔を掴み、目を睨め付ける。

 そう、連邦と仲良くなれるだなんて亡き魔法学院長と同レベルの思考なのだ。


「では国家を動かす最強の感情を......ご存知ですか?」

「ッ......!!」


 手を離すと同時に、僕は背を向ける。


「愛情と市場、政治と軍事、どれも欠かせないものですがどれも違います」


 愛情を育み、人工という数字を底上げする。


 市場を活性化させ、経済力でもって国を潤わせる。


 より優れた文化を営み、他の文明を圧倒せんとする。


「どれも通過点、過程にしか過ぎないんですよ......大佐」


 そう、過程だ。全ては過程にすぎない。

 そこには神も信仰も存在しない。


「国家を国家たらんとせしめるもの、それは――――――"恐怖"です。大佐」

「そっ、そんな単純かつ短絡的な思考で国家が――――」

「お忘れですか大佐? 我々はなにを思って魔王軍を――――ウォストピアを、神を殲滅したのですか?」


 振り返り、大佐の顔を再び見る。


「"恐怖"ですよ大佐、我々は魔王軍を、神を怖いと思った。だから滅ぼしたんです。なんとも短絡的で感情に素直、文明への反逆ですらある――――だがこれこそ人間の真理なのです」


 だからこそ歴史は繰り返す。

 人間は、恐怖に従う生き物なのだから。


「大佐はどう思われますか? ミハイル連邦にアルト・ストラトスいう近代国家を、そして新大陸という新たな魔王を!」


 答えなんてわかるだろう?

 つまりそういうことだからだ。王国と連邦、この冷たい戦争に勝った方が新たな世界覇権を握る。


 新大陸という魔王と戦う、新たな魔王になる。


 ならば、抱く感情はただ1つ――――――


「こ、......怖いっ......」


 引き攣った大佐殿の顔は、血液まで凍りきっているようだった。

 100点満点の返答を受け取った僕は、帽子をかぶりスーツケースを掴む。


 空いた右手でホルスターから拳銃を抜いた。


「えぇ......それで良いんです大佐、国営パーティーの魔王攻略記は――――まだまだ終わらない」


 乾いた銃声が数回響いた。

 後片付けの手筈は既にしてある、もうこの国に残した仕事はこれでなにもない。


「あぁ......楽しみだ、どんな国が、どんなヤツらが待っているのだろう。想像するだけで――――――心が躍る」


 新たなる勤務地へ向け、僕はお世話になった参謀本部を――――王国をった。


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