第340話 世界への一撃
「うわああぁああああッ!!」
唯一の足場だったユグドラシルがバラバラに砕け、俺たちは全員が天空へ放り出された。
世界樹が喪失したことで、真上にあった異世界の扉である『ニューゲート』が粉々に割れている。
女神アルナの異世界侵攻計画が、バラバラに瓦解した瞬間だった。
落下しながら、俺は喜ぶように光る紋章へ声を掛ける。
「ったく......お前の願いは叶えたぞ、ヴィゾーヴニル」
『アッハッハッハッハッ! さすがはワシが見込んだ男じゃ、これほど痛快な光景は向こう1000年生きても絶対見られんよのぉ』
「そうか、なら良かった......けどよ」
俺は周囲を見渡した。
「わあああぁぁああああッ!! エルドさんのアホおおぉおおお――――――――――――――――っ!!!」
大きな瓦礫と一緒に、セリカや少佐たちレーヴァテイン大隊。エルミナやアルミナが落っこちていた。
「いや! やっちゃったは良いけどどうすんのこの状況!? 俺らこの高さから落ちたら間違いなく全員死ぬぞ!!」
「自分でやっといてなに言ってるんッスか! わかっててやったんじゃないんですか!? ここ上空何メートルあると思ってるんです!?」
「フッハッハッハ! さすがエルドくんだ。確かに『ニューゲート』を閉じるには一番手っ取り早い方法だ。みんなで心中は嫌いじゃないよ」
泣き叫ぶセリカを尻目に、勇者はのんびり答えていた。
なお、仲良く落下中である。
「ちなみに......少佐はこの高さから落ちたらどうなります?」
「人をなんだと思ってるんだ、さすがに死ぬよ」
「よくそんな冷静になれますね、メンタルチタン合金ですか?」
「まぁまぁ、慌てても死ぬのは変わらんよ。けど諦めなければ――――――」
少佐は頬を吊り上げる。
「誰かさんが助けてくれるかもしれないよ」
「えっ?」
ゴウッと風が吹き荒れた。
天空なのでなにも不思議なことではないが、それはとても暖かく......優しいものだった。
俺は前にも、この風に助けられたことがある。
「エルドさん......! これって」
俺たちだけでなく、落下していたその場の全員に風は例外なく絡みついた。
ゆっくりと減速し、体の制御が自由になる。
『まさか、この風は......』
驚いた様子のヴィゾーヴニルに、俺も声を合わせた。
「オオミナト......なのか?」
消えかけのニューゲートから、僅かに彼女の魔力を感じた。
お前......、本当に最後のさいごまで俺たちを助けてくれるんだな。
「敵直上っ!! 急降下ッ!!!」
隊員の誰かがいきなり叫ぶ。
急いで顔を上に向けると、金色の光が猛烈な速度で迫っていた。
その中心部では、顔を血で真っ赤にした女神アルナが鬼のような形相で俺目掛けて突っ込んできた。
「エルド・フォルティス......!! お前だけは!! お前だけは絶対に許さないッ!! 神無き世界で人間が生きれると思うなァッ!!!」
しっつけぇ! あの野郎まだくたばってなかったのか!
両腕のエンピはさっきの一撃で砕け散ってしまった、腰の拳銃はホルスターごと紛失してやがる。
くそっ、せっかくオオミナトが最後に俺たちを助けてくれたのに......俺にはもう武器が――――
「エルドさん!!」
「ッ!!」
風で滑空したセリカが、俺へ接近するなり抱きついてきた。
なにごとかと問う前に、彼女は鉄の塊――――9ミリ拳銃を胸に押し付けてきた。
「薬室にあと1発だけ入ってます、あなたが......エルドさんが決めてください」
「にしたってお前......、わざわざこっちに来なくても」
「投げればよかったなんて無しです、わたしはエルドさん1人に全てを背負わせるつもりはありません」
俺が拳銃を上へ構えると、セリカの小さく白い手が重なった。
「世界を殺すという大罪――――わたしもその共犯にさせてください、ここで貴方1人に押し付けたら......わたしは一生あなたの隣には立てない」
「っ......勝手すぎんだろ」
「勝手はお互い様です、もうここで――――――わたしたちの手で」
俺たちの鼓動がシンクロした。
「終わらせましょう」
不安定な姿勢のはずなのに、照準が落ち着いていく。
拳銃射撃においては緊張こそが最大の天敵なのに、俺はなぜか安心していた。
「エルドフォルティス! エルドフォルティス! エルドフォルティスエルドフォルティスエルドフォルティスエルドフォルティス!!!! 貴様だけはああぁぁあああッ!!!!!」
リアサイトとフロントサイトが、女神へ完璧に合わさった。
エンチャントは使わない、ここで、この一発で――――――
「決めろッ!!」
ラインメタル少佐が叫んだ。
「「「「決めろ!!」」」」
共に戦った仲間が、俺たちへ全てを託してくれる。
「なぜ邪魔をする! なぜ抗おうとする! 唯一絶対の存在であるわたしの下で安寧を築くことこそ、種の繁栄に最適であると、効用最大化であるとなぜわからないッ!!!」
なにが効用最大化だ、お前の創った檻の中でペットのように生きることがそうなのなら――――
「セリカっ!!!」
「はい!!」
まっぴらごめんだ。
エンピ、銃、戦車、戦艦、V−1。
全ての兵器は今ここで、この一発を撃つために造られたのだと俺は理解する。
「――――――終わりだ」
トリガーを一気に引いた。
雷管がファイアリングピンによって叩かれ、火薬に撃発する。
発砲音と同時に音速の壁をぶち破った弾丸は銃口を飛び出し、グングンと――――――時間にしてコンマ数秒という速さで。
「かっ......!」
女神アルナのこめかみを撃ち抜いた。
「なぜ......お前たちは嵐の海を行こうとするのだ。わたしが、このわたしが道を、線路を......橋を作るのに。愚かなお前たちを導いて......」
無敵に思えた敵の体が......ゆっくりと消滅していく。
たお......した? 世界を、神を、この世の理を。
拳銃本体は残弾ゼロを示すホールドオープンという状態に移行し、これ以上の発砲はもうできない。
耳元に響く風切り音を消すように、俺は隣の少女へ笑いかけた。
「お疲れ様......セリカ。――――これで共犯だ」
「えぇ、このわたしに神殺しをさせたんですよ。ちゃんと責任......取ってくださいね」
「はいはい、わかってますよ」
神が消えた世界の色は――――ただひたすらに蒼かった。