第34話 フィオーレ
クロムに頭を殴られたフィオーレという少女へ、俺は近寄った。
服は赤ワインまみれで、殴られた頭部からも血が出ている。
だが、意外にもフィオーレは痛がる仕草をあまり取っていなかった。
「ったく何よアイツ! いきなりボトルで殴ってくるとか畜生にも程があるわよ! ねえミサキ?」
「そっ、そうだね......。でもありがとうフィオーレ、庇ってくれて」
「別に良いけどミサキ、あなたもっと強く言ったら? ああいうバカ男には本人がちゃんと言ってやらないと」
「ごっ、ごめん」
「また謝ってる。そのとりあえず謝る癖、この国じゃあんま通じないからね?」
結構元気なやり取りに、傍で魔法を掛ける治癒魔導士の人も苦笑いだ。
一緒に応急処置をしていたセリカにとりあえず状態を聞いてみる。
「どうだ?」
「傷は浅いので大丈夫っぽいです、治癒魔法も掛けてるので傷は残らないでしょう」
「そうか......、なら良いんだが」
正直クロムという男があそこまで凶気に走るとは予想外だった。
「フィオーレさんだっけ、大丈夫か?」
「おかげさまで、まぁ......あいつを追っ払ってくれてありがと。まさか手を出してくるとは思わなかったわ」
「俺もだ、場合によっちゃ本当に危なかった」
フィオーレがその碧眼で俺を見上げてくる。
「あんた、さっきミサキの恋人とか言ってたわよね?」
「うん? あっ、あぁそうだが......」
「フーン、いつから?」
「えぇっと......去年くらい」
俺が苦し紛れに答えると、彼女の口は吊り上がった。
「プッ......あっはははは!! あんたこういう嘘つくの慣れてないでしょ? そもそも恋人同士なら性で呼び合わないわよ。この子の名字ってなぜか上らしいし」
「うぐっ......」
「なにミサキ、アンタ押しは弱いくせに結構大胆じゃないの」
「いや......直接面と向かって言うの怖いし、恋人がいる体を装えば逃げられるかなーって」
「なるほどねー」と腕を組むフィオーレは、汚れた服を除けばもう何事もなかったかのようだ。
「で、なんのクエスト行くの?」
「えっ?」
「『えっ』て、あんたがさっきクロムに言ってたじゃない。今日はクエストに行くって」
そういえばそんなことを言った気もする......、あの時はクロムを追い返すので頭がいっぱいだったので、とっさの嘘をかなりついた。
クエストか......、クロムへの口実を完成させるためには行かざるを得んな。
「じゃあ......とりあえず準備だけでも良いか? さすがに食料や許可も無しに遠出はできない」
「むしろそれでイケるんだ、王国軍って副業禁止じゃなかったっけ?」
「研修名目で頼む、一応引き受けた頼みはやり切りたい」
「へーっ、あんた結構筋あるじゃん。良いよ、わたしも一度帰って着替えたいし」
フィオーレのそんな褒めているのかわからない言葉を背に受け、俺とセリカはギルドを出た。
「全くとんだ休日だよ、俺は人間相手には慎ましく生きていきたかったのに」
「魔法学院時代、学長のヘイトを溜めまくった人が今更ッスか?」
「あれはもはや理不尽だろ、まぁそのおかげでこうした職に就けたわけだが」
人生なにがあるかわからんな。
そして、この状況も含めて――――――
「......おい、セリカ」
「わかってます、大した数じゃないですが囲まれてますね」
近道しようと人通りが少ない場所へ入った途端これか、俺とセリカはリュックからアサルトライフルを取り出し、初弾を薬室へ装填した。




