第338話 大集合
「アルナ......様、申し訳ございません。わたしが、わたしがヴィゾーヴニルを制御するはずだったのに......」
俺に打ちのめされたリーリスが、女神アルナの足元で弱々しくしゃべっていた。
その様子を静観する少佐に、俺は近づく。
「今がチャンスですが......、やりますか?」
炎と雷を殺意と共に発現させながら、俺は唯一の上官に問う。
「すまない、もうしばらくだけ待ってくれ......。僕にはこの選択を見届ける義務がある」
「わかりました」
エンピを下げ、魔法を収める。
そんな俺たちの下へ、セリカとペンデュラムが走ってきた。
「エルドさん! 少佐!」
「おい、なぜトドメを刺さない勇者。今なら天使を殺せるだろう」
魔王のもっともな問い。
だが俺はそんな2人を手で制した。
「あのラインメタル少佐が謝罪と一緒に頼んできた、なにを見たいか俺にもわからないけど......もう少しだけ待ってほしい」
「ッ......」
表情こそ不満気だが、ペンデュラムは納得したようで数歩下がる。
その間も、リーリスは女神に懺悔を続けていた。
「ごめんなさい、ごめんなさい......。わたしはアルナ様と、アルナ様が創生する世界が見たい。そのためならなんでもするので......」
金色の瞳から涙が溢れる。
か弱そうな手を、立ったままのアルナに向かって伸ばし続けていた。
「どうか慈悲を、慈しみ深きアルナ様の温情をわたしに賜ってくれませんか......」
「リーリス、お前は本当にいい子ね」
「アルナ様がわたしに厳しいのは、全部わたしのためだとわかってます......。アルナ様が怒るのはわたしが悪いから、アルナ様を真に理解しているのは......世界でわたしだけなんです」
ひたすらに薄ら寒い言葉を並べるリーリス。
おいおい、完全にDV被害者の思考回路じゃねーか......。
引く、マジで引く。
セリカやペンデュラムもドン引き状態だ。
「そうねリーリス、あなたは世界で一番の理解者だわ」
「はい......」
「だからね――――――」
ズンッと、女神は聖剣をリーリスの腹へ無情にも突き刺した。
「がはっ......!?」
天使の手が力なく落ち、口から血が溢れ出る。
まっ、こうなるわな......。
「あなたの道はここでおしまいよ、でも大丈夫、リーリスの犠牲はこの戦いに勝っても絶対に忘れない。勝利への功労者よ」
「アルナ様......! アルナ、様! やだ、死に......たくない。わたしは世界を、もっとアルナ様と景色を見たい! あぁ......やぁっ」
聖剣を通して、天使は光となって女神に吸い込まれる。
消え去る寸前――――彼女は女神ではなく俺たちの方を見ながら口開く。
「助けて......お兄、ちゃん」
その言葉を最期に、リーリス・ラインメタルの体は消滅した。
ふと横を見れば、少佐はわざとらしくため息をついていた。
「やはり、こうなってしまうわけか......。往々にして希望的観測は夢に過ぎないのだな」
「こんな展開になることくらい、少佐ならとっくにわかっていたのではないですか? 会話が完全にDV夫婦のそれだったじゃないですか」
「全くだ、もっと早く最後のあの言葉を言ってくれたらいつでも助けてやれたのに......。とことんバカな妹だよ......」
俺は少佐の口調から察してしまう。
攻撃をためらったのは、軍人や勇者としてではなく......兄としてリーリスの意志を最後に確かめたかったのだろう。
もちろん、こんな結果になることは百も承知で。
だが人間とは――――――
「夢を見たい生き物なのだよ」
見れば、正対する女神アルナから膨大な魔力が放たれていた。
体は変形し、何倍にも大きくなっている。
デカイ建物くらいの図体に、これまた大きくなった聖剣を握っていた。
「さながら最終形態といったところですかね」
「らしいな、この状況に持ってきてしまって悪いが......苦戦を覚悟してくれ」
「俺は少佐の部下です、これくらい一緒に乗り越えましょう」
巨大な聖剣を振り上げる女神アルナ。
さて、受けるか避けるかどうしようか......!
行動に逡巡するが、俺はそのどちらでもない未来を迎えた。
「見つけたぁッッ!!!」
床をぶち破って、2人の少女がユグドラシルの頂上へ現れた。
1人は桃色、もう1人は水色の髪を持った、小さいながらも強大な吸血鬼。
2人は見事なコンビネーションで蹴りを浴びせ、攻撃しようとした女神アルナを仰け反らせた。
「エルミナさん! アルミナさんも!?」
「やっほーセリカ! エルドに勇者! あと魔王様!」
「お前ら......!」
そうか、アイツら敵を倒してとうとうここまで来たのか!
「エルド、セリカ! みんなを連れてきたよ!」
空中で笑ったアルミナが、俺たちの背後へ手を向けた。
思わず振り向く。
「目標!! 正面女神!! 無反動砲! 一斉撃ち方ッ!!」
回廊から次々と姿を現したのは、レーヴァテイン大隊の全隊員たちだった。
発射された無反動砲が、寸分たがわず女神の顔面へ叩き込まれる。
「おいおいでっけーな!!」
「んなこと言ってる場合ですか! ここで働かないと今度こそクビですよステアーさん!」
ステアー2曹にシグ兵士長......。
彼らも得物を手に女神へ撃ちまくっていた。
――――ドガオォンッ――――!!!!
一際大きな射撃音が響く。
攻撃を受けた女神が、明らかに他より大きなダメージを受けていた。
この音は......対戦車ライフル!
「やっと来たかミクラめ」
見紛うはずもない。
緑を基調とした迷彩服を着込んだミクラさんが、PTRD1941対戦車ライフルをなんと立射していた。
化け物かよ。
「よう少佐、大湊さんはちゃんと日本に帰せたんだろうな?」
「もちろんだよ、後はこのデカブツだけだ!!」
「はっ! なら話は早え!」
今までユグドラシルを登ってきた仲間が、ここでドンドン合流を果たす。
見上げれば、急上昇してきたのだろうワイバーン部隊までが現れ、火球を矢継ぎ早にアルナへ撃ち込んだ。
「時間はないぞ!!」
ヘッケラー大尉が叫ぶ。
「ここで一気にきめる!!」
エルミナが魔力を解放した。
「おいセリカ・スチュアート1士! 手持無沙汰ならこれを使え!!」
「えっ!? うわっと!」
投げ渡されたのは、新品のエンピだった。
「シグのヤツが使わんくせに持っててなぁ! お前なら使えるだろ!」
「はい! ありがとうございます!!」
少佐も魔剣をペンデュラムに返し、部下から銃剣を受け取っていた。
さて......。
「やろうぜ、セリカ」
「はいっ! エルドさん!」
俺とセリカは、お互いのエンピをカンと打ち付けあった。
まさか、最終決戦の武器が魔剣でも聖剣でもなく、これとはな。
「行くぞッ!!!」
俺たちは一斉に地を蹴った。