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第335話 オオミナト ミサキ

 

「オオミナト......」


 セリカによって抱きかかえられたオオミナトが、俺たちの前で床に降ろされた。

 腹部は完全に貫かれており、この出血量ではとても治癒魔法は間に合わない。


 応急処置すら無意味だろう。

 立ち尽くす俺の横を、黒い鎧が通り過ぎる。


「仲間の最期を看取ってやれ、数分なら俺が時間を稼ぐ」


 そう言って、魔王ペンデュラムは起き上がったリーリスと正対した。


「えぐっ......、グッ。ひっく、オオミナト......さん」


 突っ伏すように、謝るように大粒の涙をこぼしたセリカが倒れる彼女に覆いかぶさった。

 触れた茶髪が血で濡れる。


「あっはは......、そんな悲しまないでくださいよセリカさん。戦いに犠牲はつきものだって軍人さんならわかるでしょ......?」

「大切な仲間を守れなくってなにが軍人ですか!! わたしはなにもできなかった、オオミナトさんが命を燃やす様をただ見ることしかできなかった......!」

「あの場で天使を落とせて、飛べるのは......わたししかいなかったんですから。セリカさんはなにも悪くないですよ......」


 今にも光が消え入りそうな瞳で、オオミナトは俺と――――ラインメタル少佐を見た。


「よくやった、オオミナトくん。君の行動はこの場にある全ての命を救ったと言っていい。最期に残したい言葉があれば聴こう」

「ラインメタル......少佐」

「なんだい?」


 彼女はなにかを悟ったような顔で笑っていた。


「もしわたしがあそこで生き残っても、少佐かミクラさんがわたしを殺す予定だった......んですよね?」


 ころ......す? 少佐とミクラさんが?

 俺はオオミナトの正気を疑ったが、その杞憂と思いたかった言葉は――――


「やはり察していたか」


 少佐の肯定によって確定してしまう。


「どういうこと、ですか......少佐」


 顔を上げたセリカは、怒りと困惑をギッチリ混ぜ込んだような表情をしていた。

 きっと俺も、似たような顔をしているのだろう。


「言葉のままだセリカくん、僕の今回の作戦目標は女神の殲滅と"オオミナトくんの殺害"だ。彼女はこの世界にいるべき存在ではない」

「そん、な......」


 淡々と告げるラインメタル少佐に、オオミナトが弱々しく苦笑した。


「少佐......、それだと語弊があり、ますよ」

「そうだな、訂正しようセリカくん。僕の目標は彼女――――オオミナト ミサキくんを元の世界である地球に返すことだ」

「地球に?」

「そうだ、彼女は元々この世界の人間ではない。だから僕とミクラは計画した――――――オオミナトくんを日本に戻すための同盟として」


 前方で爆発が連続して起きる。

 ペンデュラムが、必死に時間を稼いでくれているのだ。


「ニューゲートが地球とつながれば、万に一つの可能性といえどオオミナトくんの魂を元に戻せる可能性があった......。歪みのせいでこちらに来てしまったのであれば、その歪みをもう一度くぐらせればいい」

「まさか、その条件が......」

「そうだ、おそらくオオミナトくんの元の体は事故か何かに遭い日本で死にかけている。そして歪みに飲まれて魂がこちらに来てしまった。なら穴を大きくした上で、もう一度死ぬしか方法はない」


 セリカの目から、ボタボタと涙が落ちる。


「死にかけてこの世界に来たのに、また死ななきゃいけないなんて......! そんなの酷すぎますよ」


 セリカの手は、未だ真っ赤になったハンカチをオオミナトの傷口に押さえつけていた。

 殺したくない、死んでほしくない、別れたくないと訴え続けている。


 涙を呑み、嗚咽し、えづきながら。


 だがオオミナトは、そんな彼女の手を最後の力で優しく引き剥がした。


「いいんですよセリカさん......、もう十分です」

「グッ......、ウエェっ。ひぐっ......う」


 オオミナトは再び俺を見た。


「エルドさん......」

「なんだ?」


 直感で理解する。

 これが彼女の、オオミナト ミサキの最後の言葉だと。


「ゲホッ、本当に......楽しかったです。あの時、エルドさんたちに話しかけてめっちゃくちゃ正解でした......。もうたぶん、二度と会えませんけど......この世界であなたたちと生きれて――――――嬉しかった」

「あぁ、俺もだ」


 オオミナトの瞳から、涙が溢れ出た。


「今までありがとう、ございました」


 眠るようにまぶたが閉じられる。

 手から力が抜け、感じられる魔力がゆっくりと......ゼロになった。


 彼女の体が淡い光に包まれ、やがて光の粒子になるとニューゲートへ昇っていった。

 身動きできない俺を除いて、セリカとラインメタル少佐はそれらが見えなくなるまで敬礼で見送った。


 俺は動かせない手の代わりに、最大限の笑顔で見届ける。


 そうだ、これで良かったんだ......。

 オオミナトをこの世界から解放できた、なのに......。


「ッ......!!」


 俺の心は虚無感と怒り、深い悲哀がグチャグチャに混ざり合っていた。

 もっとこの世界にいてほしかった、死ぬなんて苦しい思いをしてほしくなかった......!

 気づけばヴィゾーヴニルの力、その全てが俺の体内へ取り込まれている。


「エルドくん」

「なん......でしょうか」

「力を全て取り戻したか、もう動けるだろう?」

「......はい」


 振り向くと、メガネを外しながらラインメタル少佐は無表情で俺の前に立った。


「大隊長命令だ、エルドくん」

「はい」

「俺を、思い切りぶん殴れ」

「......了解」


 俺は初めて上官を、最大の恩師をぶん殴った。

 鈍い音と共に、少佐は尻もちをついてその場に座る。


「すまないね、罪滅ぼしのつもりではないんだが......こんな方法でしか愚かな僕はぼくを許せない」


 少佐は立ち上がりながら続けた。


「仲間を失う辛さは......いつだって耐え難い」


 爆発が再び前方で起きた。


「グゥッ......!!」


 こちらまで転がってきたのは、魔王ペンデュラムだった。

 煙の先からは、神々しく羽根を広げたリーリスが現れる。


「お別れ会は済んだかしら? 無様な異世界人とのね」


 俺は自分の手の甲を見た。

 尾羽根模様だった紋章が、世界樹のような立派なものへと変わっていた。


 アイツが、ヴィゾーヴニルが俺と1つになったのだ。

 ふと、紋章から幼い声が聞こえた。


『もう、大丈夫かえ?』


 俺は答える。


『大丈夫だ、少佐のケジメは済んだ。後は......』


「少佐」

「なんだい?」

「身内問題に首を突っ込んですみません、ですが、リーリスの相手は俺がやります」

「僕もあんな兄不孝の相手なんざ御免こうむる。こっちは女神をやろう」


 苛立たしげにしたリーリスが、魔力を噴き上がらせた。


「雑魚が、アルナ様の前でこれ以上むざむざ生きられると思うな......! あのバカな異世界人と同じ末路を歩ませてやる!」


 弾丸のように突っ込んでくるリーリス。

 魔王へ振り下ろされた光の剣を、俺は――――――素手で掴み止めた。


「なっ!?」


 リーリスが目を見開く。


「いい加減にしろよ、進もうとする人間を冒涜ばかりしやがって......!」


 俺は無限の魔力を放出し、全身に炎と雷の両方を纏った。


「属性魔法!? バカなっ、お前はただの尾羽根のはず......なんでそんな力が!?」

「ヴィゾーヴニルが、アイツが俺に託してくれたんだ。想いの全てを......。今も言ってる」

「がっふあ!??」


 クソガキ天使を思い切り蹴り飛ばす。

 空中で体勢を立て直したリーリスの顔は驚きで満ちていた。


「オオミナトの、仲間の仇を討てってなッ!!」


 俺は傍に落ちていたエンピを拾い、リーリスに正対した。

 さぁ、行くぞ。


【オオミナト ミサキ】

私の性癖を全部詰め込んだような子であり、初期プロットから性格が大幅に逸脱して大変苦労させられた思い出。


良くも悪くも心身共にまだまだお子様であり、故に責任感と正義感が強い。

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[良い点] 死にもどり でしょうか
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