第333話 決意と覚悟
まぶたを開けると、静かだった世界から一転して騒がしい音が耳に突っ込んできた。
目の前には、光に包まれたヴィゾーヴニルの体が横たわっている。
えっと......、なにがどうなったんだっけ。
確か、アイツの体に剣を刺して――――――
「エルドさん!! しっかりしてください!!」
肩を揺すられ、俺は意識を無理やり起こされた。
「おっ、おうセリカ......なんか久しぶり」
「なにボケてるんッスか、エルドさんがV−1ぶつけてから20秒くらいしか経ってませんよ」
やっぱそうか、あの世界での激闘はこっちの時間にほとんど影響を与えないらしい。
「それより、ヴィゾーヴニルの力はどうなったんです!?」
言われて思い出す。
そうだ、コイツ......ヴィゾーヴニルは俺に全てを託してくれた。
すぐさま手を触れると、ニワトリのような体から光が俺に流れ込み始めた。
「どうやら上手く行ったようだね、エルドくん」
振り向けば、ラインメタル少佐が機嫌良さげにこちらを見ていた。
どうやら、全て悟ったらしい。
「彼女には会えたかい?」
「えぇ......、俺に全部を託してくれました」
「素晴らしい、聞いたかアルナくん! もはやヴィゾーヴニルは君のものではない! 貴様の計画もいよいよ破綻寸前というわけだ」
両腕を広げながら叫ぶ少佐。
宙に浮かぶ女神は、唇を出血するほどに噛んでいた。
「まさか......っ、ヴィゾーヴニルが負けるなんて......!! ありえない、ありえないありえないありえない!! お前のような"外れスキル"が、なぜアイツに勝てたのだ!?」
枯れんばかりの声が響く。
俺は力を取り込みながら答えてやる。
「だからこそだよ、俺はなんてたって半端者だからな......。常に人を越えようと思考を続けていた。与えられたカードでずっと戦ってきた」
キッと女神を睨んだ。
「それが人間なんだよ、人間が人間たる条件。お前みたいな他力本願の甘ちゃんを――――――アイツが、ヴィゾーヴニルが認めるわけねえだろ!」
「ッ!!!」
額に血管を浮かべたアルナは、握りしめたこぶしからも出血していた。
傷は一切治っていない、ヴィゾーヴニルとの繋がりが消えたことであの厄介な再生能力も失ったようだ。
「そういうことです! 貴方みたいな侵略者に地球は渡しません!」
銀髪をなびかせたオオミナトが、俺の横に立つ。
風を纏ったその姿は勇者のようにも見えた。
「同意見だな、もはや貴様に魔王軍の指揮権は二度と握らせん......。魔族の長としてこの戦争を必ず終わらせる!」
魔剣を握り、ダンディな顔に敵意を張り付けたペンデュラムが正対した。
「っというわけだ女神アルナくん、君の手札はもはや尽きつつある。まだ足掻くつもりかい?」
「ほざけ勇者がっ! 地球の信仰さえ手に入ればヴィゾーヴニルの力も必要ない! 全てを屈服させ、私が世界のルールとなるのだ!」
「追い詰められた猫の妄言だな、勝算があるのなら最後までやってみるがいいさ」
「妄言だと......!? その言葉後悔させてやる......!!」
ニューゲートが呼応するかのように瞬いた。
感じる、ヤツがとてつもない勢いでユグドラシルを上昇していた。
「今ぞ天命を果たせっ! 愚かなる勇者パーティーを殲滅しろ! リーリス・ラインメタルっ!!」
青空を隠すように、真っ白な翼を広げた少女が飛び出した。
金髪金眼が、神の力を見せつけるように燦然と輝く。
やはりまだ生きていたか......!
「アルナ様っ! ご無事ですか!!」
「リーリス! なんとしても私を守り抜け! それがあの日あの時――――お前を見初めたときから定められた使命だ!」
「はいっ! 主の仰せのままに!!」
ギロリと俺たちを見下ろす。
「手段は問わんっ! ニューゲート維持の分だけ残してホムンクルスの力を全て使え! 奴らをなんとしても、絶対に黙らせろ!!」
女神の指示に、右手を振り上げたリーリスは声を張り上げた。
「エンジェル・リンク! コード3認証っ!!」
ニューゲートの周囲を回っていたホムンクルスたちが、数体リーリスの周りに吸い寄せられた。
「マズイっ!!」
ペンデュラムが身構える。
なんだ、なにをするつもりだ......!!
「エルドさん! ヴィゾーヴニルの力はまだ取り戻せないんッスか!?」
「まだだっ! こいつと俺が1つになるにはまだ少し時間が掛かる!! なんとか天使を食い止めてくれ!!」
「そんなこと言っても......!」
見上げれば、巨大かつ莫大な金色の魔力がリーリスを包み込んでいた。
絶望したような表情で、ペンデュラムが剣を下ろした。
「リーリスめっ......、第3世代ホムンクルスを限界まで犠牲にして"超極魔法"を発動するつもりか」
「なんだよそれ......!」
「天使にのみ許される攻撃魔法の頂点だ......! いくつかの強力な魔力媒体と、寿命の半分を犠牲にして放つ神話級魔法......。我々は跡形もなく蒸発するだろう」
んだよそれ、反則じゃねえか......。
ここまできて、ヴィゾーヴニルが全てを託してくれたのに終わるのか?
万事休す......そんな言葉が俺の脳裏に浮かんだ瞬間だった。
「ッ!?」
吹き荒れたのは暴風。
見れば、銀髪をなびかせたオオミナトが、少し歯を食いしばり......。
「エルドさん、皆さん......」
ニッコリと、これまで見た中で最も優しげに笑った。
「みんなが助かるには、これしかないみたいです」
「オオミナト......さん?」
ラインメタル少佐を除いて、全員がオオミナトを見た。
まさか、いやそんな......まて!!
「オオミナトッ!!!」
「さよなら、皆さん」
この場で唯一空を飛べ、天使と渡り合える実力を持つ少女が――――ユグドラシルの頂上を蹴った。