第330話 片割れとの再会
「はっ? ......あれ?」
ホワイトアウトした視界が徐々に色彩を帯び始めると、俺は自身の置かれる状況に困惑した。
「どこだよここ......」
ヴィゾーヴニルに触れたまでは覚えているが、いつの間にか俺は一面花畑のド真ん中に立っていたのだ。
陽光が照りつけ、辺りは様々な色の花で満ちている。
手のトレンチガンを探すがない......、拳銃も消えていた。
代わりに、いくつもの剣や斧が柔らかい土のあちこちに刺さっている。
「探し物ならここにはないぞよ」
鈴のような声が響き渡った。
驚いて前を向くと、そこには茶髪を腰まで伸ばした可憐な少女が座っていた。
座っているといっても椅子ではない、セリカより年下であろう彼女の身長を超える大きさの武器だった。
あれは確か本で見た、"ハルバード"という武器だ。
空中で横たわったそれに座りながら、少女は再び口開く。
「えらく待たせたではないか......、エルド・フォルティス。おぬしの方から殴り込んできて挨拶もなしかえ?」
「......なるほど、そういうことか」
俺は思考を整理し、眼前の存在と向き合った。
「お前がヴィゾーヴニルだな?」
少女は小さな顎を手で触った。
「うむ、間違ってはおらんな。だが正確ではないの」
「そういう抽象的な表現はなしにしてくれ、なんて呼べばいい?」
俺の問いに、彼女はしばらく悩んだような素振りをするとパッと笑顔で――――
「ヴィゾーヴニルちゃんって呼んでくれてもよいぞ?」
「呼ぶか!! 馴れ馴れしい!」
「馴れ馴れしいもなにも、ワシとおぬしは片割れ同士ではないか。気なんて遣わんでええぞ」
あの外見でこの口調......、間違いない。
「なるほど、これがオオミナトの言っていた"ロリババア"ってやつか」
「失敬な誰がロリババアじゃい!! 本当に異世界人というのはロクでもない知識ばっか持ち寄りおるな」
「オオミナトを知ってるのか?」
「知ってるもなにも、ワシはこれまでずーっとおぬし達を見てきたぞ。この場所からな」
足をプラプラさせながら答えるヴィゾーヴニルに、俺は思わずつぶやく。
「......ストーカーですか?」
「"観測者"と呼べ! 観測者と! まぁどっちでもいいがの」
「へぇ、なにを観測してたんだ?」
「おぬしじゃよエルド・フォルティス、話の流れでわかるじゃろうて」
「マジかよ......プライバシーもクソもあったもんじゃねえな」
悪戯っ子のような笑みを浮かべながら、ヴィゾーヴニルは頬を吊り上げた。
「安心せい、お前が夜な夜なエンピっ娘のことであんな妄想やこんな妄想をしとるのも飽きるほど見た」
「うっわ死にてぇ......、もうここで首吊っていいかな......? 呼吸するのすら恥ずかしい......」
「待て待て早まるでない!! せめて力だけでも返せ!!」
「力?」
慌てた様子の彼女へ、俺は聞き返す。
「わかるじゃろうて、おぬしが無限の魔力を持っていってしまったから女神なんぞの言いなりになってるんじゃよ。まったく不愉快極まりない」
「なんだ、自分から従ってたんじゃないのか?」
「あんなクソビッチになぜ世界の管理者たるこのワシが従わねばならんのじゃ? いい迷惑じゃよ本当に。魔力さえあればぶっ殺してやったのに」
やたらデカいため息をつくヴィゾーヴニル。
「俺もだ、このままじゃ女神のヤツに勝てない......」
「ほぅ、つまり?」
「だからここには――――お前の力を奪うために来た」
ハルバードから降りたヴィゾーヴニルは、不気味に笑いながら立った。
「いいじゃろう、おぬしを殺せば魔力は今度こそワシのもの。気に入らん女神も天使も、勇者も人間も全部殺し尽くしてやる」
「......お前の魔力が俺に宿ってて本当に良かったよ」
「ほぅ?」
「その口ぶりだと、全力全開のお前は女神より強いんだろう?」
ニヤリと彼女は笑った。
「さーて、どうじゃろうな」
「ところで、ここはどこなんだ?」
「ここはワシの空間......ユグドラシルの中の世界、【神域】と言った方がいいかの、安心せい。この世界で何時間過ごそうと外では1秒も経たんよ」
「そうか」
傍に落ちていた剣を、ヴィゾーヴニルは念力で引き寄せた。
巨大なハルバードは使わないらしい。
「ここはワシの世界......ワシの思うがままにできる世界、武器は落ちてるのを使え。もっとも――――」
ヴィゾーヴニルの半袖から出た細い腕に、何種類もの属性紋章が浮かんだ。
「ワシに一撃入れられれば良いがの」
自信に溢れた顔を見せる彼女へ、俺は行動で返事した。
足元の斧を弾き、勢い良く蹴り飛ばす。
飛翔した斧は、ヴィゾーヴニルの顔を掠めて茶髪を少し斬った。
「っ......!」
「上等だ、やってやるよロリババア。こちとら国防が懸かってるんでな!」
戦闘の火蓋は切って落とされた。