第33話 狂気の男クロム
早朝。俺とセリカは人通りで賑わう大通りを、少し大きめのリュックを背負いながら歩いていた。
傍目にはこれから登山にでも行くのかと思われそうだが、その中身は物騒極まりなかった。
「街に行くならついでに市街警備もしといてくれって、少佐はちゃっかりしてるッスよねー。まぁ新型小銃の装備許可をくれたので引き受けましたが」
リュックを揺らすセリカ。
そう、中に入っているのは登山用品ではなくアサルトライフル。
今回オオミナトとの約束事を遂行するにあたり、市街警備の名目で装備させてもらうこととなった。
もちろん、待ち合わせのギルドで掲げるなどできないので、こうしてリュックに入れているというわけだが。
「セリカ、そのクロム・グリーンフィールドという冒険者。どんなヤツなんだ?」
「どんなヤツといっても......うーん、一言でいえば独占欲の強い女たらしのクズ、でも顔はイケメンでなおかつ高レベル冒険者です」
「そいつの今回のターゲットが、オオミナトさんというわけか」
お近づきを飛ばしていきなり求婚という時点でアレだが、オオミナトさんの様子を察するに断ってもしつこく迫ってくるのだろう。
「せめて話が通じることを祈ろう」
穏やかに済めばいいなという俺の願いは、悲惨なことに5分と経たずして崩れ去った。
彼女の所属するギルド、フェニクシアへ着いた俺たちが聞いたのは、凄まじい怒声であった......。
「アンタなんかとミサキが付き合うわけないでしょ!? ふざけないで! さっさと帰りなさい!!」
トビラを開けようとした手が硬直する。
「おいセリカ、これって......」
「はい、修羅場も修羅場。もう中では始まっちゃってるみたいッスね」
最悪だ、穏やかに済ますつもりが紛争地帯に飛び込むことになろうとは。
後悔半分でトビラを押すと、人混みの奥――――――
困惑するオオミナトと、そんな彼女を庇うかのように男へ立ちはだかる金髪の少女がクエストカウンター前にいた。
「クロム・グリーンフィールド! あなた常識ってものが無いの!? ミサキはあなたなんかと結婚したくないのよ!!」
「オオミナトさんと同じパーティーのフィオーレさんですね、それはあなたが決めることじゃない。部外者は引っ込みなさい」
長身の端正な顔立ちをした男。
あいつがクロムか。
「部外者じゃないわ! ほらミサキもなんか言ってやりなさいよ!!」
金髪の少女フィオーレが、後ろで引っ込むオオミナトへ反撃を促している。
だが、彼女は争いには加入したがらない。
なるほど本人がこれでは、パーティーメンバーが前に出るのも必然だろう。
「オオミナトさん、君の風魔法は実に美しい。野蛮なモンスターを蹴散らす様はまさに神の絵画のようだ。君は僕という人間にピッタリなんだよ!」
「一体今まで何人の女性冒険者に同じこと言ってきたのかしら? 定型文じゃ女はなびかないわよ」
フィオーレという女の子は、随分強気な性格のようだ。
「あーあーうるさいなぁ......」
瞬間、クロムはカウンターに置いてあったワインのボトルを握ると、フィオーレの頭に叩きつけた。
「なっ!?」
飛び散る赤ワインに塗れ、彼女の頭からは鮮血が滴り落ちる。
フラつくフィオーレをオオミナトが後ろから支えた。
「お願いやめてください!! 彼女は暴力なんて振るってないじゃないですか!!」
「君のお願いでもそれは無理だオオミナトさん、この部外者は僕のプロポーズを侮辱した。あと3回は頭をかち割らないと――――」
砕けたボトルを捨て、クロムは手近なコップを持ち振りかぶった。
「僕の気が収まらないんでね!!」
俺はクロムの後ろから近づくと、振り上げた右腕が下ろされる前に掴んだ。
怒りに歪んだ表情が俺へ向けられる。
「おや、どなたですかね?」
「どなたも何もそれは俺が聞きたいね。さっさと失せろ部外者――――オオミナトは俺の恋人だ、お前のものじゃない」
少々シチュエーションは違うが、怒りを飲み込みながらもなんとか台本通りにセリフを言い放つ。
「恋人......ッ? 嘘も大概にしたまえよ」
「嘘じゃないさ、俺は女子の頭をボトルで殴る野蛮人とは違うんでね。もう警務隊には通報してある――――法治国家で暴力を押し通せると思うな」
クロムの腕にアザが浮かび上がる。
トロイメライ騒乱でレベルが大きく上がったために、身体能力も大幅に底上げされたのかもしれない。
「人殺しの軍人が......!!!」
「想い人の前で言うセリフか? 悪いが今日はクエストに行く予定でね、もう一度言う――――モタモタしてたら警務隊にお縄だぞ?」
"警務隊"という言葉を聞いたクロムは、少々乱暴に周りの冒険者を押し退けながら入口へ戻っていく。
どうやら効いたらしい。
「後悔するぞ貴様......、このクロム・グリーンフィールドに仇なしたことを!」
「はいはい、後悔しときますよ」
まっ、もちろん警務隊に通報したというのは嘘である。
クロムが去ったギルド内で、俺はとりあえずオオミナト達の下へ歩んだ。




