第328話 ヴィゾーヴニルの尾羽根
「は......?」
俺の言葉を聞いた女神アルナは、初めて感情を表に出した。
氷のように冷え切った顔へ、さながら熱湯をぶっかけられたような。
「いやだから、そいつの魔力もう半分も残ってないぞ」
「脅かしか人間? いくら勝機がないからといってもこの私を騙すには――――――」
言いながら確かめたのだろう、女神の顔から血の気が引いていった。
「なっ......バカな、ヴィゾーヴニルの魔力は無限大のはず! なぜ回復しない!?」
眼前のヴィゾーヴニルは、しかし魔力を減らしたまま。
この状態でも十分に危険だが、脅威度は大きく減ったと見える。
「なぜっ......!! なぜなぜなぜなぜ何故ッ!!」
爪を血が出るまで噛んだ女神アルナは、ハッと顔を上げた。
「まさか、尾羽根が......ない!?」
「尾羽根?」
確かに、ニワトリに似たヴィゾーヴニルはどこか外見上足りないような感じがしていた。
その違和感の正体こそ、尾羽根の消失であった。
「尾羽根はヴィゾーヴニルの魔力の源......、なぜそれがない!? あれがなくては無限の魔力が宿るはずもないのに!」
「無限の魔力ってまるでエルドさんみたいッスね」
唐突なセリカの言葉。
いや......まさか、まさかそんなはずはないだろう。
恐る恐る......俺は自分の手にある紋章を見た。
それは魔法学院を退学したときから、ずっと俺を支えてきたもの。
幾何学模様の中に、うっすらと浮かぶ模様......。
同時に、とてつもない形相で女神が俺を睨んだ。
「まさか......、お前が――――――」
言いかけたアルナは、しかし突然吹いた突風によってセリフを遮られた。
代わりに、直上から聞き慣れた声が響く。
「ハッハッハッハッッハ!! その通りだ女神アルナくん!!」
同時にヴィゾーヴニルの脳天がカチ割られた。
トサカにめり込んだ踵落としは、この世界における最強戦力の増援を示していた。
「ジーク・ラインメタル......!!」
忌々しげに叫んだ女神へ、少佐は着地しながら笑顔で返す。
「ごきげんようクソビッチ、マヌケな君が周回遅れで喘ぐ様は本当によく似合うよ。ヴィゾーヴニルの召喚時に尾羽根がないことすら気づかないとはね」
チラリと振り向いた少佐は、俺の横に立つ魔王ペンデュラムを一瞥した。
「ようやく劇場に抵抗する意思を示したか、君にしては決断が早い方だ。褒めておくよ」
「その様子だと、ここまでの展開全てが貴様の予想通りだったようだな......勇者」
「当たり前だ、この戦争が僕の手の上から離れたことは一度もない。君がこちら側にくるというのは半分希望的観測だったが、上手くいってよかった」
やはり化け物か。
魔王が俺たちの味方につくことすら、少佐にとっては想定内だったらしい。
「忌々しい裏切り者の勇者と魔王が......! まとめて始末するいい機会だ」
「そうかい、じゃあもうちょっと後ろに気を配るんだな」
直後、再び突風が吹き荒れた。
「『ウインド・インパクト』!!!」
「がっふあッ!!?」
超高速で飛翔してきたオオミナトが、女神の死角から脇腹へ技を打ち込んだ。
足裏でブレーキをかけながら、アルナはギッと彼女を睨みつけた。
「異世界人......!! お前はリーリスが相手をしていたはず! なぜ生きている」
「なぜでしょうかねー、わたしって結構しぶといんですよ」
「戯言をっ......! ヴィゾーヴニル!」
ギョロリとニワトリに似た目が、俺たちを睨んだ。
少佐の攻撃からようやく立ち直ったらしい。
「私はニューゲートを通じて地球から信仰を奪う! その間、奴らの相手をしろ! 無限の魔力がなくても貴様は最強の神獣なのだ」
「クッハッハッハッハ! もう薄々気づいているのだろう? 無限の魔力がどこへ行ったか......」
「貴様っ......」
高笑いした少佐は、笑みを絶やさずに続ける。
「いや僕にとっても僥倖だったさ、まさか女神の切り札がこっちの味方につくなんてね。完全に想定外だったよ、属性魔法が使えない代わりに無限の魔力を持つ青年がいると知ったときは」
再び紋章を見る。
やはりそこには、尾羽根のような模様がくっきりと映っていた。
殺意に満ちた表情で、女神アルナはつぶやく。
「エルド・フォルティス......っ! まさかお前が『ヴィゾーヴニルの尾羽根』とはな」