第317話 魔王の責務
俺はなんのために戦ってきたのだろう。
思い返して見れば、そんなあって当たり前のことが俺にはなかった。
全身の痛みが、闇から意識を覚醒に持ってくる。
「これは手酷くやられたようで、魔王ペンデュラムさん」
クレーターの真ん中で仰向けに倒れていると、軽い口調で声が掛けられた。
そいつは全身をまだら模様の迷彩服で包んでおり、手には剣より大きなパイプみたいのが握られていた。
たぶん、あれが銃とやらで間違いない。
「少佐も、もう少し手加減してやれば良かったのに」
「誰だ貴様は......」
起き上がった俺は、その男を見る。
妙に視界が開けていると思ったら、どうやら顔の鎧が壊れていたようだ。
「ん? なんだ魔王っていうからどんなだと思ってたら、結構なイケおじじゃねえか」
「外見の話はいい、貴様は誰だと聞いている」
「あぁ俺かい?」と、眼前の男はニッコリと笑った。
「手っ取り早く言うと異世界人だ、ミクラとでも呼んでくれ」
異世界人......、前にアルナ様が言っていた異物のことか。
どうりで見慣れない服装をしていると思った。
「どうだったよ魔王さん、勇者の強さを味わった気分は」
ミクラは銃を置くと、あぐらをかいて俺と同じ目線になる。
殺そうと思えばすぐに殺せる状態......が、圧倒的な敗北を味わった直後なので攻撃する気も起きない。
「前大戦の時は互角だったんだがな、すっかり突き放されてしまった......。俺もいよいよ引退かな」
「まぁそう焦るな、せっかくだから今の状況を教えてやるよ」
彼は俺がラインメタルのヤツにやられてからのことを、詳細に聞かせてくれた。
アルナ様の計画が成就し、ユグドラシルが立ったこと。
ニューゲートを通じて異世界と繋がったこと。
ネロスフィアの自走システムが破壊され、大量の軍勢が流れ込んできていること。
そして――――――
「そうか....、ジェラルドとミリアも逝ったか」
「あぁ、2人は天界より魔族を救う方を選んだみたいだ。将軍としての意地か、アンタへの忠誠かは知らんがね」
弾丸の整理をしながら、ミクラは淡々と答える。
魔族のため......、そうか、あいつらは自分を犠牲にしてまで民族の救済を願ったのか。
これで7階級将軍は、亡命したブレストを除いて全滅。
本当にみんなよくやってくれた。
同時に、俺の中で悔しさが溢れ出る。
愛しい部下たちは、大半が魔族を想って死んだ。
みなが必死に守るための戦いをする中、俺はなんのために戦った?
自分のため? 魔族のため? 違う!
こちらのことを使い捨ての食器程度にしか考えない、傲慢な天界のためだ。
部下たちを失いたくない一心で、何年も女神の言うことを聞いて戦争の悪役を演じてきた。
魔王軍が人類を脅かし、それによって神に祈りを捧げさせる。
この戦争の根本的な仕掛け、アルナにとっての得しかないシステムのために働いた。
が、結果はどうだ......?
ネロスフィアはグチャグチャ、部下はほとんどが死に絶え、もはや魔王軍を構成する人員は残っていない。
ジェラルドとミリアは、自らの命を捨ててまで天界に挑んだ。
アルミナとエルミナは、今もヤツらと戦い続けている。
魔王軍はもうない、完全に瓦解した。
なら......、なら......!
「アンタはどうする? ペンデュラム」
立ち上がったミクラが、俺に向かって手を差し出す。
「ここから先は自由だ、逃げるんなら俺が手伝ってやるが?」
俺はミクラの手をしばらく見つめ......。
「っ」
掴みながら起き上がった。
傍に落ちていた魔剣を拾い、ミクラの目を見た。
「提案には感謝する、だが俺には最後にやることができた。逃げるわけにはいかない」
ユグドラシルを見上げる。
この頂上に、全てがあるのだから。
「これで失礼する、お互い――――守るべき民族のために抗おう」
「......そうだな、行って来い」
俺は根っこを踏み台に飛び上がると、ユグドラシルにくっつく構造物を使いながら上を目指した。
今度こそ、魔族のために戦うべく。