第313話 オオミナトのケジメ
「ほぉう、大したもんだな」
ユグドラシルに突入してすぐ、ラインメタル少佐が見上げながらつぶやいた。
中は結晶やら光やらで外のように明るく、また今まで聞いたどのダンジョンとも違うものだった。
「どうやらこの道や大階段を登って、上に行くみたいッス」
ユグドラシル自体もかなり大きいが、おそらく空間を捻じ曲げているのだろう。
中は呆気にとられるくらい広かった。
「っ......!」
振り向くと、そこにはうつむいたままのオオミナトがいた。
言われなくてもわかる、ネロスフィアに突入した時のはつらつとした表情が消えていた。
ここに来るまでもほとんど無言。
自信満々で女神に挑み、完膚なきまでに敗北したのだ。
自尊心も何もかもが全て打ち砕かれたのだろう。
「自信でもなくしたかい? オオミナトくん」
隣に立ったラインメタル少佐が、彼女の肩をポンと叩いた。
「......わたし、もう誰にも負けないくらい強くなったと思ってたんです。でも、実際は全然違いました。ほとんど歯が立ちませんでした」
拳を握る。
悔しそうに、白い歯を食いしばっていた。
ここは優しく声を掛けるべきかみんなが悩む中、ラインメタル少佐は――――――
「ハッハッハッハッハ!! 当たり前だ、君程度の女の子1人で世界を救えたら、我々兵士はいらない存在じゃないか」
ちょ、少佐!?
そこは優しく慰めるシチュエーションだと思うんですが!?
「わたしじゃ力不足と言うんですか......?」
「むしろそう思っていなかったことに驚きだ、君は大きな勘違いを犯している」
睨んだオオミナトの顔を、ラインメタル少佐はガッと掴んだ。
「うっ......! ぐっ!?」
「いいかオオミナトくん、よく聞け。これはフィクションなどではない。断じてないのだよ」
「ッ!?」
「君は今まで小説の主人公気分だったろうが、そんなのじゃないことはもうわかってるんだろう? 日本人っ」
「ッ!!」
少佐の手を無理やり引き剥がしたオオミナトは、息を荒くする。
興奮状態なのか、無意識に『風神の衣』を発動しており目が銀色だった
「チートスキルで成り上がり? 転移特典で異世界無双? そんな甘いことがこの世界であるわけないだろう。君は迷子の日本人でありそれ以下でもそれ以上でもない」
「なんで......そんなこと言うんですか」
「わからないかい? これは現実だ、死の回避が約束されるフィクションなどではないんだよ。君の活躍はきみ自身で作るしかないのさ」
周囲警戒をしていた兵士が叫ぶ。
「敵影多数! 見たことのないタイプです!」
俺も視認する。
敵は霞むほど高い頂上部から、ワラワラと降りてきた。
さしずめ、羽の生えた鎧戦士だ。
「迎撃します!」
銃を上に向けた兵士へ、ラインメタル少佐が制す。
「レーヴァテイン大隊に告ぐ! 発砲禁止! 撃ち方まて!」
「なっ!?」
「どういうことです少佐!? まさか殴って攻撃せよと!?」
「いいや、エンピも含めた全攻撃を禁ずる。君たちは手を出すな」
「少佐っ!!」
意味がわからなかった。
こうしている内にも、敵はドンドン接近してくる。
「どういうことです......少佐?」
「どうもこうもないさオオミナトくん、君もレーヴァテイン大隊の一員なら命令に従いたまえ」
「全員......死にますよ?」
「ならそれも運命だ、命令されれば絶対服従するのが日本人だろう? 日本では上司の言うことは絶対と聞く。従いたまえ」
遂に大量の羽音が聞こえてきた。
全員、銃を構えながらも引き金に指はかけない。
「従順な犬ポチ民族にふさわしい最期じゃないか、君が――――――」
目の前に敵が降り立つ。
その手には剣が握られていた。
「忠犬のままならね......」
振り下ろされた剣が、俺たちの頭をかち割ろうとした瞬間――――爆風が吹き荒れた。
保持していた銃が持ってかれんばかりのそれは、周囲を囲んでいた敵をまとめて壁に叩きつけた。
風の中心部には、瞳をより濃く銀色に染めた少女が立っていた。
髪がまだ黒色なのに、魔力が桁違いに上がっている。
表情にさっきまでの曇ったそれはなく、見違えるほどに凛としていた。
レーヴァテイン大隊長の攻撃禁止命令が、史上初めて破られた。
「ラインメタル少佐、今までありがとうございました。今日この瞬間をもって――――わたしはレーヴァテイン大隊を辞めます」
落ち着いた口調に――――――
「クック......」
顔を手で隠した少佐は。
「ハッハッハッハッハ!!! そうだ!! よく言ったオオミナトくん! ここは異世界! 君の物語はきみ自身で紡がなければならない! 僕の下にいては永遠に主役にはなれないからな」
心底機嫌よく笑った。
彼女は、レーヴァテイン大隊を抜ける決断をしたからこそ、自分の意志で命令を破り――――俺たちを守ったのだ。
そして少佐は、自分と大隊こそが彼女を甘やかしてしまい、慢心させていたと確信したのだ。
「もう油断なんてしません! わたしの意志はわたしで決めます! この世界も地球も――――女神なんかに譲ったりはしません!」
紛れもなく本物の強い魂
大隊全員から歓声が上がる。
「なるほど、これが日本人の本当の強さですか......少佐」
周りの声に隠れて思わずつぶやく。
博打まがいのやり方には毎度ヒヤヒヤするが、これでもう......。
「総員攻撃許可っ! 敵については以後『ガーディアン』と呼称! 前進せよっ!! 日本人との共同戦線だ! 王国の最精鋭として恥を晒すことは許さんッ!」
オオミナトの迷いは晴らされた。
もはや大隊に縛られることも、甘やかされることもない。
なぜなら、この世界に来て初めて彼女は自立したのだから。
「大隊諸君挺身せよ! 躍進せよ! 国家の暴力をもって信仰を踏み潰せっ!!」
冒険者パーティーとは比較にならない速度で進撃。
ガーディアンはアサルトライフルやマシンガン、ショットガンに撃ち抜かれた。
「クソッタレの悪徳女神に鉄槌を下せ! 世界征服など笑止千万と銃口を向けろ! 我らレーヴァテイン大隊は那由多の彼方でも悪の権化を追い詰めるとな!!」
火炎放射器の豪炎が、オオミナトの風魔法によって大幅に射程距離をアップ。
壁から出てきた敵を焼き払った。
「だあぁっ!!」
まだ第1段階の変身にも関わらず、彼女は圧倒的な力で道をこじ開けた。