第312話 各々の決意と動向
「なんだ......あれは!?」
金色の根っこの侵食から《ダイヤモンド》を守っていたジェラルド、ミリア、アルミナは上空に目を奪われていた。
「この尋常ではない雰囲気、あれが女神の真の狙いというわけですか」
汗を垂らすミリアに、アルミナが駆け寄った。
「時間がない、根っこの侵食も止まったしわたしたちにはやるべきことがある」
戦艦の周辺には氷の壁が張られており、根っこから守っていた。
「まずはこのネロスフィアを止めること、このままじゃ全ての街が灰燼に帰す。その前になんとしても止めないと」
「ならばアルミナ様、方法は1つしかありません」
ジェラルドとミリアが、彼女の正面に立つ。
その顔は、これから死地へ赴く者のそれ。
「このネロスフィアの自走は、6本の脚部を用いることでそれが可能となっております。なればこそ、我々の命を使って左右の関節部へ致命打を与えればよいのです」
ジェラルドの言葉を聞いたアルミナは、ギッと睨みつけた。
「......死ぬ気?」
「どうでしょうな、少なくともアルミナ様......我々2人に元々時間など残されておりません」
2人は、女神によって勇者化させられている。
莫大な力と引き換えに、寿命の9割超が削られているのだ。
「ネロスフィアの自走停止は、私とジェラルドにおまかせください。アルミナ様は一刻も早く、エルミナ様の支援へ」
「でも......」
未だ逡巡するアルミナの手を、ミリア将軍はグッと掴んだ。
「我々は貴方の下で働けて幸せでした、この残り少ない命で魔族が救えるなら......全く惜しくありません。7階級将軍として、最後の仕事に行って参ります」
2人の覚悟は本物だった。
ここで止めるなどという無粋な真似を、アルミナは決してしない。
「わかった......。ジェラルド、ミリア両将軍。これまでの貴方たちの働きに、元最高幹部として最大の敬意を払う。今までありがとう」
「「こちらこそ」」
手を離したミリアは、ジェラルドと一緒に振り返る。
「全ての魔族に栄光を! アルミナ様! 我々亡き後の魔王軍をどうか......よろしくお願いします!」
「......任せて」
短い返事を聞いた2人は、戦艦から飛び降りた。
勇者の力を使って、屋根や根っこを飛び越えなら各々の最期の仕事場へ向かう。
「わたしもユグドラシルに向かわないと、でも今から行って間に合うか......」
怪訝な表情のアルミナへ、人が近づいてきた。
「なら、いいものがあるぞ」
「えっ?」
巡洋戦艦ダイヤモンドの艦長が見せたのは、彼女にとって初めて見るもの。
だが同時に、アルミナは直感で確信した。
「ありがとう、これなら何よりも早くユグドラシルを登れる!」
◆
「ひえ〜危なかったぁ......」
「ほんっと、死ぬかと思ったぜ......」
8割近くを根っこに侵食された塔の上で、2人の王国軍兵士が見下ろしていた。
「見ろよシグ兵士長、魔王城だった場所にデカイ塔が立ってるぜ」
「おーホントだ」
お宝探しをしていた、ステアーとシグ兵士長だった。
彼らは魔導ガトリングガンを持って魔王城へ向かったはいいものの、突如出現した根っこに追われて塔の上に逃げたのだ。
「ありゃラインメタル少佐が言ってた、女神とやらの陰謀に違いねえな」
「嬉しそうに言わんでくださいステアーさん、これからどうするんです?」
「まっ、とりあえず降りようぜ」
魔導ガトリングガンを持ったステアーが、ピョンと飛び降りる。
こんな重量物を持ちながらそれができるのは、レベルが相当高い証左だった。
次いで降りたシグ兵士長も、横に並ぶ。
「歩いていきますか?」
「これ重いしそれでもいいかもなー......、今から走っても追いつく保証は......」
言いかけたその時、2人の耳は音を捉えた。
「エンジン音?」
「バカ言え、ここはネロスフィアだぞ? 車なんてあるわけないだろ」
「いや、でも俺見たんですよ」
「何をだよ」
「水兵の連中が、防水用シートでなにか隠してたのを......。ほら、俺たち陸軍はすぐに艦内へ押し込まれたから見る暇なかったですけど」
「バカバカしい、きっとこれも幻聴――――」
2人の視界に、それは現れた。
四輪で走行する、王国軍の機動力を上げた標準装備。
「「魔導四輪車!?」」
2人はいきなり現れた車の進路上に立つ。
運転手は、驚いた様子でブレーキを踏んだ。
水色の髪をした少女が、危ないだろと言いたげに睨みつけてくる。
「わぁぁ待て待て怒んないでくれ! って......お前兵士じゃないな? 誰だよ」
「それはこっちのセリフ、なんでレーヴァテイン大隊の兵士がたった2人でこんなところにいるの?」
運転席に座る少女を見たシグ兵士長は、脳内検索をかけ――――
「ステアーさん、こいつあれですよ。前にラインメタル少佐と闘技場で戦った......」
「あぁ、あの時の吸血鬼か。名前は......」
運転手は、エンジンをふかしながら強めの語気で答えた。
「アルミナよ、この車は海軍から借りた。用がないならもう行くわよ」
アクセルを踏もうとした瞬間――――
「ちょっと待ったぁ!」
「とぉうっ!!」
ステアーとシグが、同時に車へ飛び乗ってきた。
「ちょっ!?」
「行き先はあの塔だろ? ついでだし乗っけてってくれよ」
「お願いしまーす」
レーヴァテイン大隊にこんなマイペースな連中がいたことに、驚きでしばし目を見開いたアルミナは、何も考えないようにしながらアクセルを踏んだ。
「話がわかんじゃねえか! 頼むぜタクシー!」
「うるさい、喋るな。気が散る」
「免許持ってんだろ? これくらいで動揺すんなって」
ステアーがバンバンとアルミナの肩を叩くと、彼女の服が汗でビショビショなことに気がついた。
「お前......まさか」
2人の兵士の顔が青くなる。
「だから......わたしは免許なんて持ってないの、さっき5分で教えられた操作を必死にやってるだけ。頼むから黙ってて。さもないと全員心中するから」
根っこを踏み越え、車は最高速へ。
10秒前までおどけていたステアーとシグは、同時に叫んでいた。
「「降ろしてくれぇーッ!!!!」」
時既に遅しである。