第307話 少佐の嘘
「おーい、午後だぞー、そろそろ起きたまえよオオミナトくーん」
「ん......うぅ?」
鈍い痛みの中、オオミナトは自身を呼ぶ声によって意識を取り戻した。
ゆっくりまぶたを開けると、そこは最低限の明かりしかない大きな通路。首を動かせば辺りには瓦礫と......。
「おはようオオミナトくん、随分とコテンパンにやられたようだね」
「ラインメタル......少佐?」
見慣れた勇者の姿があった。
「気がついたか、まぁ生きてて何よりだよ」
まだ覚醒したてで意識が混濁している彼女は、なぜ自分が意識を失っていたか思い出すのに数秒掛かり......。
「そうだ......わたし、女神と戦って.......全く敵わなくて負けて――――いつっッ!!」
記憶を取り戻した途端、今まで鈍かった全身の激痛も思い起こされた。
「いきなり動かないほうがいい、だいぶ手ひどくやられていたようだからね。ゆっくり起き上がれるかい? 一応、君が気絶している間に最低限の治癒魔法は掛けておいたが」
確かに、痛いといっても十分許容範囲内のレベルにまで収まっていた。
彼女は少佐の肩を借りてなんとか立ち上がる。
「すみません少佐......1人で先行した挙げ句、あんなカッコ悪い負け方までしてしまって......」
「おや、エルドくんたちはまだ来てないのかい?」
「はい、調子に乗って先に来てしまいました......」
「なるほど、じゃあとりあえずオオミナトくんには現状を教えておこう」
崩壊しかけの通路を進みながら、ラインメタル少佐は何が起きたかを説明した。
女神が信じられないほどにパワーアップしていること。
彼女を助けるために、上空にあったエーテルスフィアを叩き落としたこと
そのせいで城が潰れてしまったこと
オオミナトは後悔した。
自分が女神を舐めて痛ぶらず、サッサと倒してしまえばこんな事態にはならずに済んだのにと。
「まぁ、そう悲観せずともまだなんとかなるだろう。オオミナトくんの命があったことが一番の救いだよ」
沈んだ様子の彼女を見て、心を読んだ少佐が慰める。
しかし、オオミナトは胸にずっと秘めていた疑問をぶつけた。
「......少佐」
「なにかね?」
それは、いつもと変わらない優しい声だった。
「さっきわたしが独断専行したのを意外そうにしてましたが、......本当は"全部見てた"んじゃないですか?」
「......どういうことだい? 僕は魔王に苦戦しててそんな暇はなかったよ」
苦戦? ありえない。
彼女だって魔導士である、魔王と少佐のどちらが圧勝したかなど普段感じている魔力でわかる。
おまけに、パッと見ても少佐は傷らしいキズを全くつけていないのだ。
"苦戦"という言葉選びはふさわしくない。
「少佐は......わたしが女神と戦い始めた時には、もう既に魔王を倒してたんじゃないですか? ずっと戦いの様子をどこかから見てて、わたしが負けて気絶したのを確認してから助けに入った......」
「オオミナトくん、それをするメリットが僕にあると思うかい? 自分の損になることなど絶対にしないよ」
少佐の言葉に嘘はない。
だが、同じくらいに嘘まみれだった。
つまりどういうことか。
嘘とは、真実に混ぜ込むことでその効用を最大限に発揮すると、日本にいた頃――――中学の教師に言われたことがあった。
この観点から言えば、やはりラインメタル少佐は本当に頭が良いのだとオオミナトは思う。
確かに少佐は、"自分の損になること"は絶対しない人だ。
しかし、同時に彼女は悟ってしまう。
――――ラインメタル少佐は......自分を。
「まさか、"僕が君を殺すつもり"だとでも?」
ゾッと背筋が寒くなり、心臓が締め付けられるような感覚に襲われた。
同時にわかってしまう、ラインメタル少佐は自分を完全に見くびりきっている。
エルドやセリカが相手なら、こんなヘマはまずしないだろう。
この異世界で鍛えられたオオミナトの成長を、少佐はまだ理解しきっていないからこそ出た言葉。
「いえ、疑ってすみません。たぶん気のせいでした......」
確率は100%。
ラインメタル少佐は、さっきの戦いで自分が負けるまで助けずにずっと待っていたのだ。
どういう理由かは知らないが、あの場で女神が勝つ方を少佐は望んでいた。
オオミナトは、最悪の可能性を思考する。
――――ラインメタル少佐は......、わたしという存在をこの先の戦いで消そうと考えている? じゃあ今回の決戦はなんのために? なぜわたしでなく女神を助けるような真似を......。
彼女の様子を見て、ラインメタル少佐は......心中で舌打ちした。
――――抜かったか、オオミナトくんも随分と勘が鋭くなったようだ......。
直後、突然の地揺れが2人を襲った。
「地震っ!?」
「いや......違うな」
ラインメタル少佐は、有無を言わさずオオミナトを抱き抱えると、地を蹴った。
凄まじい勢いで流れる景色と風切り音に驚きながら、オオミナトは少佐の体にしがみつく。
「ちょっ! 少佐!?」
「少し乱暴ですまんがこれで行くぞオオミナトくん! クソビッチのヤツが仕掛けてきた! 間に合わなければ2人揃って死ぬぞっ!!」
◆
――――魔王城上空で、女神アルナは腕を広げていた。
「儀式は完了した!! さあっ! 芽生えろ!!」
上空に巨大な魔法陣が、3重......5重と連なっていく。
魔都全体が震えていた。
「咲き誇れ世界樹よ、そして開くのだ! 異世界への扉! これまでの大戦による信仰回収、世界の根幹たる勇者システム、ドラゴン召喚はこの時のためにあった!!」
瓦礫に鎮座するエーテルスフィアの中央が、ピシリとヒビ割れた。