第305話 オオミナト敗北
「それが新しい姿ですか......、まぁ確かにラスボスっぽい外見になりましたね」
変身を終えた女神を見て、オオミナトは率直な感想を漏らす。
「変わったのは、雰囲気だけではないぞ?」
オオミナトが変身した時の言葉をそっくり返され、彼女は眉毛をピクリと動かす。
「じゃあ試してみますか? ちょっと見た目が変わったくらいでこの『風神竜の衣』が敗れるとは思えません」
「いいだろう、私も新しい力を試したい」
両者が構える。
オオミナトの方は、荒ぶる風を身に絡めた。
その銀色の瞳で女神を据え――――
「だぁっ!!」
凄まじい攻撃の連打を繰り出す。
さっきと変わらない、重く速度の乗った連撃がアルナを襲う。
「......」
が、オオミナトの攻撃は全て当たらない。
肘打ちも回し蹴りもガードされ、風と一緒にぶつけようとしたパンチは簡単にかわされてしまう。
これでは、まるでさっきと逆の立場。
そして、この一瞬の攻防でオオミナトはさらに絶望的なことを悟った。
「あなた......全然本気を出してないですね」
「当たり前ではないか、こんなのはただの準備運動に過ぎん」
「口調まで変えちゃって痛いですね、そんな甘いこと言ってると......」
オオミナトの右腕を、風が覆った。
「後悔しますよッ!!」
硬い床を蹴り、一気に肉薄。
さっきと同様女神アルナの腹部目掛けて、魔法を至近距離から放った。
「『アルティメット・ウインドランス』!!!」
市街1ブロックをまるごと吹き飛ばせる攻撃を当てた彼女は、思わず笑みをこぼし......。
「えっ......」
絶句した。
女神はダメージどころか、眼前から1ミリも動いていなかったのだ。
外した......? いや、間違いなく手応えがあったはず.......。
「"甘いこと"というのは、今のそよ風のことか?」
修行でパワーアップした技を、"そよ風"呼ばわりされたオオミナトは数歩後ずさる。
それほどまでに、力に差ができてしまっていたのだ。
「もう来ないのか? ではこちらからゆくぞ」
「ッ!!?」
衝撃がオオミナトの胸を襲った。
視界には、女神の足が映っており、自分のみぞおちへ直撃していた。
「がっは!?」
空気と一緒に口内の唾液を吐かされた彼女は、石ころのように玉座の間を転がった。
重すぎる一撃に、身を丸めて痛みに喘ぐ。
「ぐぅ......っ、ゲホッ、......」
なんとか立ち上がった彼女は、涼しい顔をしながらこちらを見る女神へ、瞳を向けた。
正直使うつもりはなかったけど......やむを得ない。
「はああぁぁっ!!」
両手を広げたオオミナトは、剥き出しの魔力を女神へ向けた。
しなやかだった銀髪が激しく逆立ち、より一層瞳の色が濃くなる。
女神が外を見れば、雲が激しく魔都の上空で渦巻いていた。
オオミナトが、ありったけの風をその身に集約しているのだ。
広域に暴風が吹き、海が大きく波打つ。
「女神アルナ!!」
叫んだオオミナトは、広げていた両手を前に突き出した。
人間としてはありえない魔力の高まり、玉座の間が嵐以上の風によりあちこちが崩壊する。
「この技で全てを終わらせます......!! わたしが誇る最大最強の一撃で――――あなたを葬るッ!!」
女神アルナは、その言葉を聞いても避けようとする素振りは一切見せない。
その逆――――拳を握り攻撃を正面から受け止める姿勢をとった。
「滅軍戦技!!」
ホムンクルス製造工場ではクロム・グリーンフィールドに致命傷を負わせ、ドラゴンのレーザーさえ跳ね除けた技が発射された。
「『鳳凰暴風陣』ッ!!!」
魔法は横にした竜巻のようになって、女神アルナへ突っ込んだ。
足場ごと城が崩壊しないよう、射角を少し上に取っていたので壁から天井から構造物は軒並み消し飛ぶ。
その威力は規格外であり、上空に集まっていた雲が広範囲に渡って引き裂かれた。
「ハァッ! ハァッ......!」
魔法を発射し終えたオオミナトは、貧血に似た感覚に襲われながらも立っていた。
天井が崩落してしまい土埃で見えないが、まず間違いなく直撃しただろう。
いざという時の切り札として、必死で鍛えた技の成功に彼女は優越感を先取りする。
「エルドさんや少佐には悪いことしちゃったかな、わたし1人で女神を倒しちゃって」
全て終わった、後は魔王軍さえ倒せば本当にエンドを迎えれる......。
立ち去ろうと振り返った瞬間――――――
「どこへ行くんだ?」
「ッ!!?」
煙の中から出てきたのは、鎧を半分以上破壊されながらもなんの気無しに立っている女神アルナだった。
「驚いた、勇者でもない人間がこんな魔法を撃てるとは」
「なっ......あぁ」
ありえない、ありえないありえないありえない。
オオミナトの頭は完全にパニック状態へと陥った。
もうなりふり構ってられない!
「だぁッ!!」
恐怖に駆られ、風で出来た槍を女神へ撃ち込む。
だが、攻撃が効いた様子はなく、アルナはゆっくりとオオミナトに向けて歩を進めた。
「はっ! だぁ!! はあああぁぁあああッ!!!」
間髪入れずに投擲するが、魔法は全て弾かれてしまう。
「ぐはっ!?」
攻撃を無視して近づいたアルナは、オオミナトを殴り飛ばした。
ただのパンチですらバカみたいに重く速い。
瓦礫の山にぶつかった彼女は、それでもまだ敵意に満ちた目を鋭く向けていた。
「生意気な目だな、その威勢もすぐに終わらせてやる」
「あうっ」
オオミナトの胸ぐらを掴むと、女神はそのまま彼女を真上に投げ飛ばした。
天井がないので、勢いそのままに宙高くへ昇った。
「さて、殺してしまうか」
一気に跳躍したアルナが上へ回り込んだ。
オオミナトの背中が迫る。
ニヤリと笑った女神は、両手をグッと合わせ大きく振り上げた。
「はぁッ!!!」
そして、ハンマーのようにオオミナトの背中へ叩きつけたのだ。
巨石すら砕ける一撃。
襲った激痛に、彼女は思わず銀色の目を見開いた。
「ぐあっ......ガッ!!」
叩き落とされたオオミナトは、玉座の間の床に激突した。
舞い上がった煙が晴れると、そこにはうつ伏せで頭から足先までめり込み、瓦礫にまみれた少女がいた。
銀色だった髪がゆっくりと黒髪へ戻り、吹き荒れていた風も次第に収まっていく。
女神アルナは、ピクリとも動かなくなったオオミナトの傍へ降りた。
「ぅ......っ」
か弱い声が漏れる。
「しぶといな、まだかろうじて生きているか。だが貴様が最初に私へ言った無様という言葉は......そっくりお返しできそうだ」
ドス黒い笑みを浮かべたアルナは、魔力を集めた手を気絶する少女へ向けた。
「髪色と共に大きかった魔力も元に戻ったか、不思議な人間だったな。だがまぁ......」
金色の魔法陣が浮かぶ。
「これで終わりだ......」
魔法を放とうとした女神アルナは、直後――――大きな揺れに襲われた。
「なにっ!?」
すぐさま現状把握に務める。
その答えは、直上にあった......!
「ハッハッハッハッハッハ!!! 元気かい女神アルナくぅん!!!!」
「なッ!!?」
真上にいたのは、勇者ジーク・ラインメタルだった。
女神はオオミナトとの戦闘で時間を使い過ぎたのだ、それは勇者がペンデュラムを倒してここまで来るには十分過ぎる時間。
いや、なによりもそいつが持っている"もの"が大問題だった。
「あれは!」
ラインメタル少佐が持っていたのは、魔王城の上空に浮かんでいた赤色の巨大クリスタル。
「エーテルスフィアだとッ!?」
「その通りだとも! プレゼントだ! 受け取ってくれたまえぇっ!!!」
勇者はエーテルスフィアへ指を食い込ませ、化物顔負けの力で玉座の間に目掛け投擲した。
元々城に匹敵する大きさのクリスタルがぶつかればどうなるかは自明の理、魔王城の中心部は一気に押し潰された。
「しまった!」
床が崩落し、オオミナトが落下していった。
すぐに追撃しようとするが......。
――――ダンダンダンダンッ――――!!!
女神の体へ、9ミリホローポイント弾が突き刺さった。
落下しながら、少佐が拳銃を正確に撃ち放ったのだ。
「ぐっ! クソッ......!!」
肝心のオオミナトは、落下したエーテルスフィアとその瓦礫によって視界から消え去ってしまう。
「おのれ......勇者ッ!!」
女神アルナは、鎧と傷を修復すると共に追撃を諦めざるをえなかった。