第300話 女神アルナの恩寵
3 0 0 話!!
それは、ラインメタル少佐を魔王ペンデュラムが外へ押し出し、交戦を開始してしばらく経った頃。
「ジェラルド将軍、目を覚ましなさい!」
勇者との戦闘で、恐怖のあまり意識を失っていたジェラルドは、ミリア第4級将軍によって起こされた。
「むっ......俺は、生きて?」
「魔王様が直前で助けてくださった、今は勇者と戦っている」
「なんだと! すっ、すぐに加勢しなければ」
起き上がったジェラルドは、しかしミリアによって静止される。
「今あなたが行っても無駄死にするだけですよ、もはや我々7階級将軍の手に負える次元ではないのです......」
「ッ.......!!」
見れば、横には首から上を失ったクラーク将軍だった肉塊が落ちていた。
たった一発......普通の蹴りで魔王軍の猛者が殺されてしまったのだ。
歯ぎしりをする両者。
2人の武器である剣と魔法杖は、無力を表現したかのように床で横たわっていた。
「全く歯が立たなかったな......、あれが勇者なのか」
「えぇ、私の磨き上げた魔法も効いてませんでした。今は敵方となったエルミナ様やアルミナ様でさえ、おそらく勝てないでしょうね」
「なんたる無力だ......! 我々には戦う資格さえないというのか!?」
何度も床を殴るジェラルド。
勝てなかった、歯が立たなかった、結局自分は魔王軍のお荷物なのか!?
ひたすら問答するも答えは出ない、だが、声は唐突に掛けられた。
「悲観することはないのよ――――――2人共」
「「ッ!?」」
振り向けば、そこには真っ白な衣服を纏った美しい女性の姿。
輝く銀髪を腰まで伸ばし、端麗な容姿で笑みを浮かべている絶対の存在があった。
「女神......アルナ様?」
「ぎ、儀式の方は大丈夫なのですか?」
恐る恐る口開く両将軍。
女神は、そんな2人を見て優しく微笑む。
もちろん、その顔は建前のもの。
「大丈夫よジェラルド、ミリア。後はもうリーリスに引き継いだから」
女神アルナの後ろには、両手を合わせて祈りを捧げる天使がいた。
彼女の周りにはいくつもの魔法陣が浮かんでおり、どれもが金色に瞬いている。
「申し訳ありませんアルナ様......! このジェラルド、かの勇者に全く歯が立ちませんでした」
粛清すら覚悟しての言葉。
だが、女神はジェラルドに優しく返事をする。
「失敗は誰にでもあるわ、あのジーク・ラインメタルですもの。今のあなたたちでは無理もないわ」
嘘である。
女神にとってジェラルドたちなど使い捨ての紙にすら及ばない、なぜその身を犠牲にしてでも私を守らなかった?
よくもまぁのうのうと生きていられるものだと、アルナはドス黒いため息を吐く。
「なんという慈悲深きお言葉......。ですが、我々はどうすれば......。もはや勇者パーティーの戦いにはついていけそうにありません」
心底落ち込む2人を見て、女神アルナは金色の瞳を向けた。
「そうね、確かに勇者たちは強敵だわ。でもそれは敵が勇者だからこそ......勇者は魔王にしか勝てない」
「どういう意味ですか?」
「敵が勇者なら、こちらも勇者を用意すればいいのよ」
女神アルナの瞳がギッと開き、直視できないほどの魔力と光が放たれる。
「ぐおぉあッ!?」
「うあぁっ!!」
全身を走る痛みに、ジェラルドとミリアは身をよじった。
何かが入ってくる......! 得体のしれない力が、不気味な寄生虫のような魔力が目から侵入してくる。
「そう、これでいいのよ......」
光が消える。
未だボヤける視界は、恐ろしく澄んだものへと変わった。
まるで生まれ変わったような......。
「あなたたちの潜在能力を引き出したわ、今感じているのは自分の持っていた本当の力よ」
嘘である。
女神アルナは見ていた、2人の瞳が金色に染まったことを。
「こ、これが俺の本当の力!? 嘘のようだ......こんなにも魔力がみなぎるなんて」
「えぇ、本当に嘘みたいです」
嘘である。
驚嘆する将軍たちに、女神は続けた。
「そうよ、あなたたち本来の力だからリスクなんて一切ないわ。正真正銘本物の才能よ」
笑顔の裏で嘘を吐き続ける。
女神アルナに才能を引き出す力など一切ない、あるのはただ対象に"信仰"を操る力を付与――――つまりは勇者にすること。
そして、こんな即席で作られた勇者ではパワーと引き換えに代償も計り知れない。
が、女神にとってはもはや些細な問題ですらない。
全ては目的成就のため。下請け連中の命をいくらすり潰そうが彼女にとっては無問題。
適当に暴れさせて、死んだら魂ごと信仰を回収すればいい。
そうすれば、より極上の信仰が手に入る。
女神という存在を崇めさせ、ついでにそのバカな魔族を使って寿命を前借りさせたパワーで敵を殺す。
我ながら完璧だと心中で悦に浸った。
「さぁいきなさい、まずはあそこに見える氷の巨人を破壊するのはどうかしら。そして上陸してきた敵軍に神の鉄槌を下すのよ」
玉座の間から飛び出すミリアとジェラルド。
2人は気づかない、己の寿命が残り3時間を切っていることに。
女神アルナは、ただ笑みを浮かべていた。
「まったくもって素晴らしいシナリオだわ、ラインメタルの奴や王国軍というイレギュラーはあったけど、ここから連中の逆転なんて絶対にありえない」
彼女は確信めいたものを感じながら、ジェラルドとミリアの戦いを見物することにした。
上空から接近する存在に気づかずに。