第290話 V−1直撃
「これが......女神の存在感だというのか!?」
ひざまずいたジェラルドは、数トン以上ある重しのようにのしかかるプレッシャーで押し潰されかけていた。
「なんという魔力......!! 黒魔導士にして何億体分だというの!?」
汗を垂らしながら、ミリア第4級将軍は眼前の存在のイレギュラーさに驚嘆していた。
「凄まじい、魔王様以外でここまでのプレッシャーを受けるとは......!!」
屈強な体を丸めたクラーク将軍が、歯ぎしりしながら口開く。
「全員揃いましたアルナ様、全ては主の思し召し通りに」
頭を垂れていたリーリスは、敬意の念を込めながら顔を上げた。
「初めまして、敬虔なる信徒たち。こうして直接姿を見せるのはこれが最初ね」
「あ、貴方が......新しい魔王......なのですか?」
「そうよジェラルド、この私が新たなる――――いえ、真の魔王と言った方が良いかしら。だってずっと前からそういうことになってるもの」
「神である貴方が、魔王を名乗るのですか!?」
玉座に肘をつきながら、アルナは優しく答えた。
「えぇ、元より魔王軍というのは......人類を追い詰めて神を信仰させるための存在。いわば天界の舞台装置なのよ? それを取り仕切るのが神の役目」
「では......わ、私たちは......、ずっと神への信仰を集めるためだけの道具だったと!?」
「道具だなんて言い方が悪いわ、あなたたちは可愛い社員よ。ペンデュラムは下請けの社長としてこれまでよく働いてくれたわ」
告げられる真実。
っということは、目の前に座るこの存在こそが本当の魔王ということ。
「真なる魔王が......まさか神であらせられるとは!」
目を見開いたクラーク将軍が、震えながら言葉を出す。
「では、リーリス様はいったい......」
「この子は天界に仕える天使よ、忌々しき勇者の妹にして私の右腕。リーリスの言うことはちゃんと聞いてね」
「はっ! ははぁっ!!」
ひれ伏す魔王たちを一瞥すると、女神アルナはリーリスの方を向いた。
「これより儀式を始めるわ、準備はいいリーリス?」
「はい、アルナ様......」
なにが始まるというのか......。
将軍たちが黙り込んでいると、同じようにひざまずいた魔王ペンデュラムが口開く。
「アルナ様......、侵入者はいかように」
「問題ないわペンデュラム、これから起こることに比べれば実に些細なこと......恐れるに足らない」
「はっ!」
玉座に近づいたリーリスが、アルナに背を向けて真っ白な羽を広げた。
「ずっと待っていたわ......この時を。あなたが鍵となるのよリーリス」
「......はい」
ネロスフィア上空に超巨大な魔法陣が浮かぶ。
幾何学模様の屋根が、魔都全域を覆う。
「第1プロセス、エンジェル・リンクスタート」
「認証、最高責任者によるプロセス開始を確認」
魔王たちは言われずとも理解した。
この儀式を、決して邪魔してはならない。
自分たちの使命は、無防備な神と天使を守ることだと。
魔王ペンデュラムは、すぐさま命令を発した。
「ネロスフィア起動!! 自立自走モードへ移行せよ!!」
「了解しました」
指示を受けたヒューモラスが、影となって消える。
魔都の管制ルームへ移動したのだ。
「さすがにわかってるわねペンデュラム」
「アルナ様、貴方は必ず我々魔王軍がお守り致します。侵入者は1ミリも近づけさせないことをお約束しましょう」
魔剣を持ったペンデュラムが立ち上がると、将軍たちも一斉に立った。
彼らはみな天命に思いを馳せていた......1人を除いて。
「どうしたのだスプーキー会議首班、主の御前であるぞ」
「いえ......なにか......」
窓へ近寄ったスプーキーは、外を眺めた。
エルミナたちやミクラはまだ市街で暴れており、当分ここへは来ないだろう。
なにより、そんなことはペンデュラム自身が許さない。
だが、スプーキー会議首班は怪訝な顔を崩さなかった。
「音が......しませんか?」
「音だと?」
ここへ来て、魔王はあることを思い出した。
肝心の"ヤツ"が、どういうわけかまだ姿を見せていないのである。
どういうことだ、この混乱を見逃しているというのか。
――――ブウゥウウウゥゥゥゥゥウウウン――――!!
玉座の間に不快な音が届いた。
まるで、ハエが耳元で羽ばたいているかのような......。
ペンデュラムは事の全てを――――考えうる限り最悪の可能性を理解した。
直後、管制ルームへ向かったヒューモラスの声がこだました。
「魔王様! 未確認飛行物体接近中、魔王城より距離3500! 機数5、速度800! 突っ込んできます!」
「エーテルスフィア起動!! ヒューモラス! 絶対にそれを通すな!! なんとしても迎撃しろ!!!」
「了解!」
魔王城上空のクリスタルから、大量の光線と魔導弾が吐き出される。
"近接防空モード"となったエーテルスフィアが、弾幕で迎撃を開始したのだ。
「落とせええぇぇぇええ――――――――ッ!!!」
凄まじい対空砲火により、あっという間に飛行物体2機が撃墜される。
それは空気抵抗を減らすデザインをした曲線を持ち、後方からは魔導パルスエンジンを噴射する機械。
名を『V−1』飛行爆弾だった。
「距離500!! 3機が弾幕を突破!! 迎撃不能!!」
「全員窓から離れろ――――――――ッ!!!!」
まず突出した2機が、魔王城を包む魔甲障壁へ着弾した。
先の艦砲射撃により弱った障壁は、いともたやすく穴を開けてしまう。
そして、魔王城――――玉座の間へくぐり抜けた最後の1機が着弾した。
「ぐおおおっ!!?」
壁が吹き飛び、崩落した天井が落下。
綺羅びやかな装飾と窓ガラスが、一斉に砕けた。
「無事か! スプーキー会議首班!!」
煙で咳き込みながら、魔王は窓際にいた部下へ叫んだ。
やがて、土埃の中から影が現れた。
「おぉ、無事だったかスプーキー!」
壁際で立っていた会議首班の姿に魔王がひとまず安堵した......次の瞬間だった。
――――ダンダンダァンッ――――!!
「ッ!?」
スプーキー会議首班の身体に、3つの穴がこじ開けられる。
肉を貫いて飛んできた飛翔体は、魔王の鎧を掠めて柱へ当たった。
血を流しながら倒れたスプーキー会議首班の後ろから、声が投げかけられる。
「やぁやぁ諸君、これはよくお揃いで」
ペンデュラムは、一瞬遅れてしまった自身の判断を未来永劫残る勢いで恨んだ。
まさに直撃だった。この世で今一番来られてはいけない場所に、最悪の存在が直撃してしまったのだから。
「スプーキー会議首班!!」
「何者だ貴様ぁッ!!」
身構える将軍たちに、煙から現れた男は頬を吊り上げた。
「これだから新参者は......、遠路はるばるV−1に掴まってやって来た勇者に掛ける言葉がそれかい? 敵の教育くらいはちゃんとしておきたまえよペンデュラムくん」
狂気に満ちた端正な顔を歪ませ、ゆっくりと手に持った拳銃を腰へ戻すと、勇者は爽やかに笑った。
「久しぶりだね、女神アルナと愚かな下請けたちよ」
――――勇者ジーク・ラインメタル、魔都着弾。