第289話 降臨せし神
「何事ですか魔王様! ネロスフィアが襲撃を受けているこの重大局面に一斉集合など......!!」
玉座の間で叫んだのは、水竜軍団を統括するジェラルド第3級将軍だった。
彼の背後にある市街地では、連続して爆発が起こっていた。
突如として現れた裏切り者の元最高幹部、彼女たちが市街地で暴れ尽くしているのだ。
その暴虐無尽っぷりは凄まじく、魔都警備を担当する第7軍団で止められるものではなかった。
「第2世代ホムンクルスとやらの力は不明ですが、すぐにでも総出で迎撃せんことには魔都が廃墟と化しますぞ!!」
必死の形相を浮かべるジェラルドに、他の将軍たちも同意する。
「そのとおりです魔王様! 裏切り者を跳梁跋扈させるわけにはいきません! ここは我が第5軍団にお任せください!!」
ワイバーン部隊を統括するクラーク将軍が、ジェラルドの横に並んだ。
しかし、当のペンデュラム本人はなぜか玉座に座らずその場で立っていた。
そして兜の奥から重々しく声を出す。
「よい......、諸君らの意思は認めよう。だが大丈夫だ、もう......行かなくてよい」
「ッ......! どういうことですか魔王様!? 我ら7階級将軍の力では不足とでも......!?」
「違うのだ、我にはもう......」
そこまで言った時、立ち尽くす魔王の後ろから少女が出てきた。
サラリとした金髪を腰まで伸ばし、背中からは純白の羽が生えた天使。
「総員傾注、魔王共々そこへ並びなさい」
「リーリス......様!? それは一体どういうことですか? 最高幹部に過ぎないあなたが我々はともかく魔王様へ命令など!」
「言ってなかったかしら? 現時点で魔王から指揮権は剥奪されたの。無能な下請けに我らが主はウンザリしているから」
「リーリス殿!! 無礼千万ですぞ!!」
ケタケタと笑うリーリスに、将軍たちは身構えた。
だが、魔王ペンデュラムは一切言い返そうともしない。
「ほんっとうおめでたい連中ね、まさかこの期に及んで自分たちに主権があると思ってたの?」
「どういうことですか!? リーリス様!!」
「そのまんまよ、あなたたちは我々天界の下請けに過ぎない。全ては女神アルナ様のために動く歯車なのよ!」
「天界? それに女神......だと!? なんの話だ!!」
「あなたは特に無能ねジェラルド、説明する暇なんてないのはわかるでしょう?」
――――ガゴンッ――――!!
直後、魔王城が大きく揺れた。
「ど、どういうこと......? なんか起きてるの?」
事態を飲み込めずにいるスプーキー会議首班が、動揺する。
だが、将軍たちはすぐさま感づいていた。
「リーリス様......! 魔都の自走システムを起動なされたのですか!?」
「えぇそうよ、元々ネロスフィアは勇者から地中に隠れる都市だった。そのシステムをさっき起動したのよ」
「魔都は永遠に動かさぬと、魔王様がお決めになられたではないですか!」
「言ったはずよ! もう魔王に指揮権はない。これからは女神アルナ様のご意思を直接お前たちに伝える、でしょ? ペンデュラム?」
睨まれたペンデュラムは、鎧の内側で歯ぎしりしながら答える。
「ッ......! その通りだ。これが勇者共を倒す最善なのだ」
「魔王様!!」
将軍たちのショックは計り知れないものだった。
あらゆることが起きすぎて、思考が全く追いつかない。
「さぁ全員並べ!! 偉大なる我らが主がご降臨なされる!!」
瞬間、玉座の間がまばゆい光に包まれた。
ベールのようなそれは、やがて1つの階段を作り出した。
魔王ペンデュラム。
天使リーリス・ラインメタル。
第3、第4、第5級将軍。
スプーキー会議首班。
最高幹部ヒューモラス、全員がその階段の左右に立つ。
「祝え!! 寿げ!! 喝采せよ!! 主を讃え、我ら主のお導きにのみ従う信徒なり!! 愚かな我々に道を指し示しください!」
リーリスの翼が大きく翻った瞬間、鐘の音色が響いた。
それは、圧倒的な存在が光の階段を一段......また一段と下りるたびに鳴った。
「あれが......」
「女神......!?」
光そのものとも言える存在に、ジェラルドとミリア両将軍は目を見開いた。
階段を下りきった女神アルナは、ゆっくりと玉座に腰を落とした。
「初めまして愛しい将軍たち、まずは自己紹介から......わたしが新たな魔王であり全能の存在――――」
しなやかな銀髪が揺らめく。
「女神アルナよ」
本能だった。
魔王、そしてリーリスを含めたその場の全員が一斉にひざまずいた。