第286話 目論見は奇襲によって繰り上げされる
魔王の玉座の前で、1人の天使が跪いていた。
金髪を腰まで伸ばした清楚な少女は、そこに降りる光へ頭を垂れる。
「女神アルナ様......、全ての準備は整いつつあります。世界樹復活まであと僅かです」
天使リーリス・ラインメタルが、女神アルナへ報告を行っていた。
「我が敬虔なる信徒――――リーリス、前に書いて貰った報告書の内容に偽りはない?」
天井から降っている光から声が聞こえる。
彼女こそ全ての根源であり、絶対の存在――――女神アルナだ。
その圧倒的な存在へ、リーリスは心拍数を上げながら応答する。
「も、もちろんです! 魔族の半分も注ぎ込めば必ず世界樹復活までの時間稼ぎができるでしょう! 少なくともあと2週間はもちます!」
もちろん嘘である。
核攻撃を前に有効な防御手段などあるはずもなく、全戦線は崩壊していた。
もういつ連合国軍がネロスフィアに来てもおかしくない。
頼みの綱は、エーテルスフィアだけであった。
「そう、ならいいわ。わたしの可愛い可愛いリーリスが嘘を付くわけないわよね」
「もっ、もちろんです......! わたくしはアルナ様に絶対忠誠を誓った天使! 勇者を滅するため、全てを捧げました!!」
もし「今にも突破されそうです」なんて言えば、キツイお仕置きをくらうのはリーリスだ。
女神アルナはいちど不機嫌になると、リーリスが気絶するまで苦痛を与える。
それが、彼女にとって恐怖となりこのような嘘まがいの報告を上げさせていた。
「第2世代ホムンクルスも既に実用化可能です、"儀式"はいつでも執り行えます」
「いいわ、では連合国軍が来る前にサッサと済ませてしまいましょうか」
女神アルナの声に一呼吸置いて――――
――――ズウゥゥウンッ――――!!
突如外から爆発音が響き、城が少しだけ揺れた。
リーリスの背に、冷たい汗が流れる。
――――まさか
「なにかしら?」
「お待ちくださいアルナ様! すぐに確認致します!!」
駆け出そうとしたリーリスを、しかし女神は制した
「待ちなさいリーリス、あなたが出向くことはないわ」
「しかし......!」
「えぇ、確かに招かれざる客が来たみたい。だからこそ時間がないわ――――今すぐ儀式を開始する、魔王と残った将軍たちをここに呼びなさい」
◆
それは、ちょうどリーリスが女神アルナに報告を入れている時。
「よーし、オーライオーライ! 降ろせー!」
先日空襲された水竜軍団の基地から、コンテナに積まれた補給物資が届いたのだ。
「これ、中身はなんだろうな」
作業員が口開く。
「ジェラルド様いわく、大量の飯が入ってるらしいぜ」
「マジかよ、これでしばらく飢えから解放されるってわけだな」
「あぁ、早速中身を確認してみようぜ」
作業員たちは、水竜から降ろされたコンテナの前に集う。
「つまみ食いするんじゃねーぞ」
「はっは、お前こそ」
いざそれを開けようとした時――――扉はひとりでにひらいた。
どうやら鍵が壊れていたらしい、中の物資を確認しようと作業員が近づくと......。
「お久しぶり、魔王軍のみんな♪」
その作業員の顔を、中から伸びてきた手が掴んだのだ。
「じゃあちょっと眠っててね」
放り投げられた作業員は、10メートルは軽く吹っ飛ぶ。
「食料じゃねえ!!! 誰か入ってるぞ!!」
全員が一歩下がった時、半開きだった扉がゆっくり開かれた。
「侵入成功ね、古典的だけど意外と上手くいくものだわ」
「お喋りしてる暇はないエルミナ、既にここは敵の本拠地」
「だな、じゃあサッサと、仕事を始めるか」
コンテナから幼い外見をした2体の吸血鬼と、まだら模様な迷彩服を着た男が現れる。
「何者だ貴様らッ!!」
「け、警報......!!」
魔法を発動しながら、作業員たちが叫ぶ。
「エルミナ、殺さないように」
「はーい」
姉の指示で、彼女は地面に拳を打ち付けた。
「おやすみなさい」
大爆発が起こり、作業員は港湾施設ごと吹っ飛ばされた。
コンテナから出てきたのは、元魔王軍最高幹部アルミナ、エルミナ、そして陸上自衛官ミクラ1等陸曹だった。




