第282話 狂気を恐れて
――――王国軍参謀本部。
魔都侵攻を控え、ここも随分と慌ただしくなっていた。
とある一室を除いて――――
「参謀次長、本当にあの勇者の......ラインメタル少佐の案を採用するのですか?」
王国軍参謀本部 戦務参謀官カヴール大佐は、目の前に座る重鎮へ問う。
参謀本部のトップであるその人物は、葉巻の紫煙を吐き出しながらゆっくりと答えた。
「不服かね? 大佐」
まぁ慌てるなと言わんばかりの落ち着いた口調に、カヴール大佐は眉をひそめざるをえない。
「そうではありません、ただ小官には理解ができないのであります」
「っというと?」
「全てが不確実すぎます! このような憶測のみに則った作戦を――――閣下は本当に採用するというのですか!? 第一、魔王軍の元最高幹部をレーヴァテイン大隊に入れるなど......!」
このカヴール大佐という男、以前よりラインメタル少佐を相当に警戒していた。
理性がぶっ飛んだような行動に言動、勇者らしからぬ異常性を彼はずっと訴え続けている。
「大佐、君の理解が及ばないというのは理解できる。だがこれは全て必然なのだ」
「必然......ですか?」
「そうだとも、連中は今頃ネロスフィアを要塞化しているだろう。今までの常識的な戦術で制圧は難しい」
「陸からは機甲師団を進軍させ、砲兵軍団と海上からの艦砲射撃で対処すればいいのでは? これまで通りです」
参謀次長は葉巻を灰皿に押し付ける。
「平時の講義であれば合格点を出していたが、この場合不正解だ」
「理由をお聞かせ願いますか......?」
「超高出力魔導砲という脅威が残っている、少なくともこれまで通りやれば大量の死者が出るだろう」
これは開戦初期に撃墜した『移動要塞スカー』にも積まれていたようで、解析によると30キロはくだらない射程の魔導砲を撃てるらしい。
威力は80センチ列車砲と同等かそれ以上......、いくら戦艦といえどたやすく撃沈されるだろう。
「ワイバーンを使った長距離観測砲撃を行うのではダメでしょうか? ロング・ゲート級戦艦なら可能かと」
カヴール大佐の言い分はこうだ。
長大な射程距離を誇るロング・ゲート級戦艦の41センチ砲で、水平線の向こうから狙い撃つ。
いくら強力な魔導砲といえど、弧を描かない限り水平線より奥には飛ばない。
星が丸いことを利用した立派な戦術だ。
ただ、もちろんそうなると戦艦からは目標が見えないので弾着観測を行うワイバーンを飛ばし、修整座標に則って砲撃しようという目論見である。
だが、参謀次長は首を振った
「無理だな、まずワイバーンが撃墜されるだろう。そうなればエーテルスフィアをピンポイントで狙うなど不可能だよ」
解析班いわく、エーテルスフィアは"対艦、対地巡航砲"と"近接防空モード"を使い分けるという。
観測用のワイバーンなど簡単に落とされるだろう。
そうなれば、"自走する"可能性のあるネロスフィアを水平線の向こうから狙うのは至難の技となる。
『V−1』による攻撃も、初撃以外は防がれるとの予測だ
「だからこそ、少佐の案だ」
「っ......!」
歯ぎしりするカヴール大佐に、参謀次長は続けた。
「長距離攻撃がダメなら、奴らに直接劇薬を叩きつけるに限る! ラインメタル少佐たちレーヴァテイン大隊を――――ネロスフィアへ強行突入させる『セイバーユニット』作戦は私の責任でもって必ず実行に移す!」