第280話 2人の謀略
吸血鬼姉妹との決闘を終えて広報本部へ帰宅したラインメタル少佐は、無傷の左手でドアを開けた。
「おかえりなさいませ少佐、って......その右腕は!?」
出迎えたルミナス広報官が、少佐を見てギョッと驚く。
それもそのはず、焼きただれたそれはどう見ても無事に見えない。
「あぁ心配ない、それよりルミナス広報官。"客人"が来ているようだが?」
が、おそらく痛みすらそこまで気にしていない少佐は奥のテーブルに座る男を見た。
「あんたが右腕をくれてやるとは、なかなかの人材を確保したと見える」
そこにいたのは、異質な服装の男。
全身が緑色を基調としたまだらな迷彩服に覆われ、鋭い目つきをしている。
黒髪黒目のアイス屋のおじさん――――――
「やぁミクラ1等陸曹、久しぶりじゃないか。相変わらず見慣れん格好だな」
これまた黒い上着を着て腕を隠す少佐。
「お久しぶりです、自分は日本を離れたとはいえ一介の自衛官です。この制服を捨てるわけにはいきません」
「そうか、ところで89式小銃の弾はそろそろ切れたかい? もう撃てないなら貰ってやってもいいんだぞ?」
「残念ながらまだ残っていますよ、もっとも――――弾切れの際には破壊して海へ捨てますが」
ミクラはコーヒーを飲み干す。
「全く釣れんヤツだね君は。自衛官ってのはみんなそうなのかい?」
「国民の血税で作った防衛装備ですので、簡単には渡せませんよ」
「まぁいい、ここじゃなんだ。奥で話そう」
そう言うと、ラインメタル少佐はミクラを連れて自身の執務室へ向かった。
「例の件はつつがなく進行中だ、参謀本部からは巡洋戦艦を1隻好きにしていいと許可を貰った」
扉を開けた少佐は、さっそく自分のデスクに腰掛けた。
「っということは、"彼女"をやはり?」
「あぁ、レーヴァテイン大隊をネロスフィアへ送るにはオオミナトくんの力が必要だ。あの風の力が......そして彼女のためにもだ」
ミクラは「はぁ」とため息をついた。
「やはり、魔都ネロスフィアは"自走する要塞"であることが確定しているわけですか」
「その通りだ、今頃連中は必死になって決戦兵器の準備をしている頃だろう。愚かにも1発逆転を狙い、女神のヤツに『魔都防衛は確実』なんていう文章を書いているかもね」
「愚かですね、決戦兵器で逆転など末期国家の象徴のようなことを......」
そこで、ミクラは少し目つきを変えた。
「少佐――――核兵器を使った感覚はいかがでしたか?」
その問いは、若干の殺気すら感じた。
「あぁ......、実に便利な兵器だと思ったよ」
「やっぱりですか」
肩を落とすミクラ。
「もちろん、君の国が過去に核攻撃を受けたことは理解している。我々も人口密集地に落とそうなんてバカなことはしない、だが――――――」
少佐は表情を変えずに言った。
「君の世界がかつて通ったように、我々にとっては今のところ"大きい爆弾"程度の認識しかない。困ったことにね」
「放射能については理解しているでしょうに」
「だからこそだよ、敵地で使う分にはなんら問題がない。それが上の連中の考えだ」
どうやら、この世界も地球と同じ未来を辿るのだなとミクラは悟る。
魔法があろうとなかろうと、結局人類は人類なのだ。
「全く嫌になりますね、我々人間というのは......」
「まぁそう言うな、きっとどこかで気づくだろう。じゃあそろそろ本題に移ろうか」
少佐は机の下から拳銃を取り出した。
レーヴァテイン大隊で使われている、一般的な9ミリ自動拳銃だ。
「我々は間もなく最終決戦に突入する、それにあたって――――――」
ラインメタル少佐は、拳銃の実弾入りマガジンを傍に置くと口を開いた。
「君には魔都ネロスフィアで――――――オオミナト ミサキ君の"殺害"を頼みたい。これは君とわたし......双方の意志だと認識している」
その言葉を聞いた陸上自衛官ミクラ1等陸曹は、静かに差し出された拳銃を握ると、スライドを引き――――
「了解した」
目つきを変えながらただ一言......そう返事をした。