第278話 希望的観測
「『超高出力魔導砲』の準備はどうかしら? ヒューモラス」
魔王城内のある大きな一室で、天使リーリス・ラインメタルは設置されたクリスタルを見上げながら言う。
「これはこれはリーリス殿、不幸の連鎖を断ち切り、また不幸な子羊たちを救済すべく断固起動中です! スタンバイ完了まであと70%ほどでしょう!」
魔王軍最高幹部ヒューモラスが、スキンヘッドの頭を大きく揺らしながら振り向いた。
「フフ、順調ね。これが起動すれば連合国軍の艦隊や師団は、二度とこのネロスフィアへ近づけないはず。時間稼ぎとしては十分」
「やはり、当初の予定は変更なく?」
「えぇ、予定どおり世界樹の誕生工程を行うわ。それさえ立ってしまえば人間や勇者など恐れるに足らない」
リーリスの確信めいた含みを持つ言葉に、ヒューモラスはケタケタと笑った。
「つまり現時点では連合国軍に勝てない......ということですかな?」
痛いところを突かれたリーリスの顔が少し歪んだ。
「......そうよ、勇者の謀略によって信仰が不足し過ぎている。この世界だけでの自立はもう期待できない」
「天使殿は大変ですなぁ、それも勇者の妹という立場上、非常に苦労人であらせられる」
「......」
リーリスは一瞬黙ってしまった。
それが不快感によるものなのか、真実だったからかなのはわからない。
だが、リーリスは白色の翼を背から広げ、怒気を込めて言い放つ。
「あのクソ兄貴とはもう縁を切った......! わたしはアルナ様だけに仕える身。それ以上でもそれ以下でもない!」
「これは失礼いたしました、この愚か者めをどうぞお許しください」
深々と頭を下げるヒューモラス。
彼も魔王軍の最高戦力なのだが、やはり力関係が強く出ていた。
「別にいい、それはそうとこの『エーテルスフィア』。具体的にどんな威力なの?」
「よくぞお聞きしてくれました!! この魔導砲は古の竜王国が遺した戦略兵器です! 不幸に不幸を重ねられた負の遺産なのであります!」
ヒューモラスのテンションが上がった。
「射程距離は驚異の30キロ!! これは従来の魔導砲を大きく上回ります!」
「威力は?」
「文献によりますと、巨大な山に穴を空けたと記されています。つまりは!!」
拳を握り、彼は天高くそれを突き上げた。
「連合国軍の戦艦など敵ではないということです!!!」
熱弁を繰り広げ、荒く息を吐くヒューモラス。
「お分かりいただけましたでしょうか!? リーリス殿......!!」
「えっ、えぇ......十分に」
彼女はその熱量に若干引いていた。
しかし、これだけのスペックを持つ兵器がまだあるなら十分勝機があるだろう。
決戦兵器による一発逆転、そして華々しい魔都防衛という文字。
この甘美な言葉に、リーリスは誘惑された。
「素晴らしいわ、これなら勝てる......! 連合国軍はこれ以上絶対に近づけない! そうよそうだわ! まだ本土が残ってるんだもの!」
「いえ、これはあくまで時間稼ぎで......」
「アルナ様にいい報告ができるわ! なんだ簡単じゃない! それに残った魔族の半分でも注ぎ込めば陸戦だって希望がある! 簡単な話だったんだわ」
リーリスの思考としては、この世に残った魔族を半分くらい投入すれば勝てるだろうという、計画性もへったくれもないものだった。
それでも希望的観測は止まらない、それは彼女が"良い報告"に飢えていたからだ。
よって、その98%希望的観測の報告が女神アルナに送られるのにそう時間は掛からなかった。
『我が方、決戦兵器の投入により勝利確実。連合国軍は被害を恐れて必ず魔都前面で侵攻を停止する見込み。魔族の半分を注ぎ込めば撃退可能』
王国軍参謀本部が読めば「戦争を舐めているのか!?」と激昂しそうな文章が、推敲も添削もされずに女神アルナへと通された。
あと半分! 国民を半分注ぎ込めば必ず戦争に勝てます!!