第275話 覚醒の波紋
午後から天気が急変し、王都には雨が降り始めた。
屋根のないコロシアムは、当然としてずぶ濡れとなる。
「勝負あったな......」
雨に打たれながら、観客として来ていたカヴール大佐がつぶやく。
聞けば、彼はアルミナたちに無条件降伏を伝えたその現場に居合わせていたらしい。
今回の顛末が気になって、駆けつけたようだ。
闘技場へ目を向けると、そこには満身創痍の吸血鬼が2人と――――
「責任とは......さぞ辛いものだな、アルミナくん、エルミナくん」
無傷で立つラインメタル少佐。
試合は予想通りほぼ一方的なものだった、彼女たちの攻撃は効く効かない以前にそもそも通じていない。
「はぁ......、はぁっ。こ......の......」
膝をついたエルミナの髪が元に戻り、まだ微かに残っていたオーラを四散させる。
変身が解けたのだ、もうこれでは勝負にならないだろう。
「止めないのか?」
横にいたカヴール大佐がつぶやく。
「誰かが死ぬか降参するまで止めるなと言われています、それが少佐と彼女たちの意思です大佐」
「実にイカれたルールだ、あの勇者らしい......」
フィールドでは、まだ戦いが続いていた。
「まだ......まだぁッ!!」
濡れた地面を蹴ったエルミナが、少佐の顔面へパンチを放つ。
だがそれは無情にもアッサリ避けられ、雨粒を砕くのみに終わった。
「どうした、そんなに息巻いて」
「くっっそお!!」
続く攻撃は、ことごとくかわされ掠りすらしない。
レベルが違い過ぎる。
「無条件降伏を突き付けられたことが、そんなにも悔しいか!」
少佐の反撃をかろうじて腕でガードするエルミナ。
「悔しいに決まってるじゃない!! あんなに頑張ったのに、お前ら王国は十数万の魔族をたった1発の爆弾で消し去り、わたしたちを屈服させようとしている! 悔しくないわけがない!」
「必要が必要であるがため、戦争がそれを容認したのだ。その甘さは弱点になるぞ」
「うるさい! うるさいッ!! 少しでもお前らを信じたわたしたちがバカだったんだ!! 人間なんて信じなければ!!」
激しい攻防。
それでも勝負は既に見えていた。
「子供の駄々に付き合っている暇はないのだよ、我々大人はね」
「ガフッ!?」
膝蹴りがエルミナの腹部にめり込んだ。
「そんな実力でレーヴァテイン大隊に入れると思ったのかい? 傲慢な吸血鬼らしいな」
「傲......慢......?」
口元を血で濡らしたエルミナが、顔だけを上げた。
「そうだとも前大戦で殺した君たちの父親も傲慢だった、図に乗った侵略者にふさわしい末路を歩ませてやった」
「こっのお!!!」
再び蹴りを放つが、エルミナは反撃で吹っ飛ばされアルミナの下まで転がった。
「期待はずれだよ、もう少し見せてくれると思ったんだが」
少佐の右手に炎が宿り、やがて槍のように形成される。
本当に......殺すつもりなのか。
「――――確かにわたしたちは傲慢よ......」
「っ?」
見れば、倒れていたアルミナが立ち上がっていた。
「だけどそれは吸血鬼としての、魔族としての誇りあってこそ! 強欲にならずして魔族は名乗れない!」
「ならどうするかね? 傲慢な魔族よ!」
「求め続ける!! 勝利を! お前に勝つ未来を!!」
「ほぅ......ならば」
振りかぶるラインメタル少佐は......。
「勝ち取ってみせろ! その強欲な手で!!」
投擲した......!
とてつもない速度で飛翔したそれは、真っ直ぐに吸血鬼姉妹へ突っ込んでいく。
「はああああぁぁあああああああッ!!!!」
雨粒が吹き飛び、大気が大きく叩かれる。
発生した大爆発は、闘技場全体を大きく揺らした。
「アルミナさん! エルミナさん!!」
目尻に涙を浮かべたセリカが叫ぶ。
あれを食らって生きている可能性はない、全員がそう思っていた。
「ん?」
ラインメタル少佐が前を向く。
その視線は黒煙の中を見ていた。
そして、俺も違和感に気づく。
「バカな......」
俺は思わず口に出していた。
「えっ、ど、どうしたんッスか!?」
「あいつら、まさか......」
同時に、ラインメタル少佐も大きく笑う。
「ハッハッハ!! よくぞ奪い取った! そうだ! それでいい! 未来を勝ち取るにはそれぐらい強欲でなければならない! やはり君たちは一味違うようだ!」
煙を裂いて2つの光が立ち昇る。
1つは氷のような青、もう1つは炎のような赤。
雨雲が吹き飛び、太陽がコロシアムを照らした。
「おぉっ!」
「なんと!」
そこには、死んだと思われた2人の吸血鬼が立っていた。
しかも、さっきまでと雰囲気がまるで違う。
2人共さっきより激しく髪が逆立ち、纏っている魔力も比にならない。
「まさか!!」
カヴール大佐も目を疑う。
俺は、なにが起こったかをようやく理解した。
「喰いやがった......! 少佐の魔法攻撃を!!」
圧倒的な勇者の魔法を、あいつらは喰ったのだ。
99%で死ぬその行為を実行に移し、強欲に勝ち取ったのだ。
いや、まさか少佐は......。
「それでいい! こうだ、こうでなくては君たちに賭け金をベットした意味がない! さぁ来い! 強欲に掴んだ未来を僕にたたきつけてみせろ!!」
わざとこうなるよう仕掛けていたのか。
「行くよ、お姉ちゃん!」
「うん、行こう!」
エルミナの移動速度は、桁違いに速くなっていた。
一瞬で背後に回った彼女が、首筋目掛けて蹴りを放つ。
「はっ!!」
衝撃波が晴れ渡る空に轟いた。
さっきまでとは違う、凄まじい熱気が彼女の髪から放たれていた。
「いい蹴りだ......! 腕がジンジンするよ。久しぶりに楽しめそうだ」
ガードした少佐がニヤリと表情を歪ませた。