第271話 お風呂でのお付き合い
湧き上がる湯気と水面が、窓から差し込む日差しによって光り輝く。
おおよそ20人くらい入れるこの浴場は、前任の連邦人が特別に造らせたということで、なかなかに手入れが行き届いていた。
「おぉー! なかなか広いッスね」
華奢な体にタオルを巻いたセリカが、濡れた床に足をつける。
普段は軍服に包まれた肌色のそれらが、水蒸気に当たって艶やかに光った。
「あの湯船とかいうの、わたしたちもまだ使ったことないのよね」
後に続いて、エルミナとアルミナが浴場へ入ってくる。
姉妹とだけあって、その体つきは非常によく似ていた。
「ご心配なくッス! オオミナトさんによるとまずは体を洗ってから入るのがマナーだとか」
「そう.....、じゃあ早速洗いましょう」
3人は横並びで頭、体をしっかり綺麗にすると、いざ湯船の前に立った。
「洗ったわよ......、これで入ればいいの?」
エルミナがゴクリと唾を飲む。
「はい、たぶんこれでいいはずです」
この世界の住人にとって、湯船というのは未知の存在だ。
日本人であるオオミナトを除けば、それは得体のしれないものという認識となる。
3人はゆっくりと足先から入ると、そのまま肩までお湯に沈めた。
「「「ほわぁ〜.......」」」
息を吐く。
感じたことのない気持ちよさに、アルミナが口開く。
「良い......お湯」
「お、お姉ちゃんの表情がとろけてる......!」
「それだけ気持ちいいってことッスよ〜」
湯船の気持ちよさを堪能しながら、セリカは首を横に向けた。
「落ち着きましたか? エルミナさん」
「えぇ、まぁまぁ楽になったかも。さっきはゴメン......急に襲いかかっちゃって」
「気にしないでください、あれくらいエンピなら余裕で防げるんで」
「ふふ、言ってくれるじゃない」
浴場に湯気が立ち込める。
「あそこまで理不尽を突き付けられたらさ、主権を失うんだしもうどうでもいいやって思って、つい自暴自棄になっちゃって......」
「まぁ、たしかにちょっとは外務省も手加減してくれてもいいとは思いますね」
苦笑いしながら返答するセリカ。
すると、アルミナがこちらを向く。
「わたしたちじゃもう王国には勝てない、勇者やあなた、エルドに殺されるのがオチ。もう言いなりになるしかない......」
ブクブクと湯船に泡を作るアルミナ。
彼女の表情は、悲願と現実の板挟みによってすっかり疲弊していた。
どうしようもない現実によって、押し潰される寸前と言っていい
「手は尽くしたんッスか?」
「もう、正直思いつかない」
「.....じゃあ――――――」
セリカが肩を水面から出す。
「わたしたちと一緒に来てください!」
キッとした表情のセリカに、しばらく2人はあっけにとられた。
「どういう......こと?」
「どうせこのまま王都にいてもなにも変わらないと思うんです、だったら――――どうせなら! わたしたちレーヴァテイン大隊と一緒に思い切り戦場をかきまわしましょう! そんでもって功績を打ち立てればいいんです!」
ザブリと、エルミナが勢いよく立ち上がる。
「できるわけないじゃないそんなの! 第一そんなの王国軍が許すはずがない!」
「もし許すとしたら......どうします?」
真剣な顔のセリカは、冗談を口にしている風には見えなかった。
「どういう......こと?」
「ウチの大隊ってちょっと特殊でして、隊員は全員ラインメタル少佐が独断と偏見で選びます。そこに軍人かどうかなんてことは関係ありません」
「えっ、じゃあ......」
動揺する吸血鬼姉妹へ向け、セリカはニヤリと笑う。
「わたしが推薦します! かつてエルドさんをそうしたように。今度はあなた達を――――レーヴァテイン大隊へ勧誘します!」
膝から崩れ落ち、湯船に肩まで浸かるエルミナ。
アルミナも呆然としているが、すぐに正気へ戻る。
「勇者がわたしたちを大隊に入れる確証があるの......?」
「確証はありません、でも少佐なら間違いなく歓迎してくれます。っていうかもう歓迎の準備をしているかもしれませんよ」
「へっ......?」
「あの人って部下の行動までいっつも計算するんですよ、もう年単位で付き添ってきたからわかります。少佐は魔都攻略作戦にあなた達をもう組み込んでるッス」
信じられない、この少女のいうことは完全な憶測だ。
しかし、それを否定するだけの言葉が......2人には思いつかなかった。
もし、連合国軍に匹敵――――いや、それを超える戦果を出せたなら。
天界をぶっ飛ばす主力になれたなら、おそらく主権はおろか多少の領土すら戦後守れるだろう。
セリカの誘いに、吸血鬼姉妹は即断した。
「乗るわ......その話、わたしたち2人をレーヴァテイン大隊に推薦してほしい!」
「任せてください、わたしたちは裸の付き合いをした仲ッスから!」