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第266話 受け容れざる想い

 

 ――――アルト・ストラトス王国 王都。


 アルミナを筆頭とする正当亡命政府と、王国外務省の交渉は16時間経った現在でもまだ続いていた。

 "交渉"という慣れない戦いを寝ずに行っており、もう彼女たちの体力は限界に近づいている。


「魔王軍はまだ戦力を保有しています、無条件降伏を迫るのであれば徹底抗戦は避けられないと考えます!」


 汗を垂らしながら、アルミナは外務省対外交渉部長バッファの顔を見る。

 だがその表情は最初の10分となんら変わりなく、この長時間交渉に全くこたえていないようだった。


「我々連合国が被った損害、そしてこれまでの戦費を考えれば当然でしょう。人類は正当防衛を行っただけに過ぎない」


 ダメだ......、こいつら断固として無条件降伏以外を譲ろうとしない......。

 それに付け焼き刃なこっちと違って場数が違う、まるで交渉が思い通りにならない。


「もぉ! なんなのよさっきから降伏降伏って! こっちにだって守らなきゃなんない魔族がいっぱいいるんだから!!」


 とうとう体力を失い冷静さを欠いたエルミナが、バッファへ叫んだ。


「おや、それはこちらとて同じこと......あなたたち姉妹がロンドニアを襲撃したときの死者数表を見ますか? それとも魔王軍には亡くなった遺族の支援が十二分にできるとおっしゃるので?」

「ッ......!!」

「なにも民族ごと消え去れと言うのではありません、戦後の主権がなくなるだけです」

「そ、それが問題なのよ!」

「吸血鬼という種族は昔からこうですね、まるで立場をわかっていない」

「なんですって!?」


 今度は逆にバッファ部長がエルミナを睨みつけた。


「わからないのですか? 貴方達に使えるカードはもう残ってないんです」

「ど、どういう意味......?」


 こいつら、さっきからずっとそうだ。

 もうこっちの戦力がないかのような物言いで突っ込んでくる、確かに戦力差はあるが悪あがきできるくらい......。


「悪あがきできる戦力があると、本気で思っているんですか?」

「なッ!?」

「確かに、今の魔王軍首脳部を殲滅すれば指揮権を手に入れることはできるでしょう。ですが――――――」


 バッファは、薄気味悪く笑った。


「それはまだ軍が残ってたらの話でしょう?」


 やっぱり......、こいつらまだ手札を持ってる。

 なにかはわからないけど、こっちを完全に屈服させられるほどの。


「まだ十数万の軍勢が残っています、この大部隊との戦闘は連合国軍も不本意のはず......」


 ――――コンコン――――


 唐突にドアがノックされた。


「入れ」


 カヴール大佐に促されて入ってきたのは、1人の王国軍人だった。


「符号は?」

「はっ、"パンドラの箱は開かれた"。繰り返す、"パンドラの箱は開かれた"......であります」


 カヴール大佐は歯ぎしりをし、バッファ部長がニヤリと微笑んだ。

 嫌な予感しかしない、背筋が凍る感覚を覚えたアルミナたちに――――バッファ部長はゆっくりと口開いた。


「残念です、できればこの写真は見せたくなかったのですが」


 机に置かれたのは、1枚のカラー写真だった。

 一瞬なにかわからなかったが......そこに写っていた絶望に汗が吹き出る。


「これ......は......?」

「それは先日ウォストノヴル核実験場で撮影された、核爆弾と呼ばれる戦略兵器の炸裂した瞬間です」


 冗談じゃない、こんな......こんなデタラメな威力の兵器が存在するのか。

 目を焼かんばかりの爆炎、天空に昇るキノコ雲。


 もはや人間の兵器という枠組みを超えている。

 まさか、さっきの符号は......。


「貴方達が手にするつもりだった、守るはずだった10万の軍勢は、ついさっきこの核爆弾により――――全て灰と化しました」

「......えっ」


 頭が真っ白になる......、全て?

 守れなかった、救えたはずの魔族の命が......たった1発の爆弾で。


「さらに言うと、我が軍の快速艦隊がネロスフィアへの突撃を敢行したようだ」

「なんですって!?」


 エルミナとブレストが声を荒げる。


「お前ら......まさか!!」

「えぇ、ネロスフィアに完膚なきまでの大砲撃を撃ち込んだとのことです。一体......何体魔族が死んだでしょうねぇ」

「ッ!!!」


 涙をこぼすブレスト将軍。

 エルミナの全身から魔力が吹き上がった。


「お前らッ!! ふざけやがって!!!」


 今にも飛びかからんとするエルミナに、カヴール大佐が拳銃を向ける。


「待ちなさいエルミナ!!!」


 気づけば、魔法による氷がエルミナの足を封じていた。


「お姉ちゃん離してッ!! こいつらはっ! こいつらはッ......!!!」

「いいから座りなさい......! ここで王国人を殺せば、これまでの苦労も全部消える! わたしたちも殺され、魔族は絶滅するまで狩られ続ける」


 そう言ったアルミナの顔も、苦悶と悔しさで満ちていた。

 下唇を強く噛みすぎて出血しているほどだ。


 そんな姉を見て、エルミナも魔力を収めるとゆっくり椅子に戻った。

 ブレストも、涙を溢れさせ嗚咽している。


「わかりました......」


 悔しい......、悔しい!

 こんな屈辱的な道しかないなんて。

 尊厳も主権も、捨てるしかないなんて!


 でも、守らなければならない。


「無条件降伏を......受け入れます......」


 人間にはもう勝てない、そして天界に歯向かう力もない。

 受け入れよう、絶滅させられる前に。あの核の炎がネロスフィアを燃やさないうちに......!


 ここに、亡命政府と連合国との交渉が成立した。

 魔王軍の指揮権奪取後、亡命政府は速やかに無条件降伏を行う旨が決定された。


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