第262話 戦略核爆弾赤ずきん
※注意、繊細な平和思想と健全な倫理観をお持ちの方はただちのブラウザバックをオススメします。
「魔導レーダー正常作動中、当該空域に敵ワイバーンは確認できず」
「前線海域のレーダーピケット艦より通信、敵航空部隊は後方にあり」
「よし、航空優勢確保。投下予定地点まで進行せよ......」
善とはなにか、倫理とはなにか......。
誰もが一度は考え、思考し、のたうち回ったことでしょう。
それは価値観の相違から容易に変わるもの、誰しも答えなど持っていない。
「エアレイダー、目標空域に到達。赤ずきん投下まで15分......」
ここ、遠隔爆撃管制センターこと"ウォスト・パシフィックコントロール"では着々と作戦が進んでいた。
在中しているのは普段、ワイバーンの騎手として空を駆ける魔導士たちだ。
そんな彼らも、今日はこの地上で憂鬱な表情を見せていた。
「管制長......、これで本当に良いんでしょうか」
重輸送ワイバーンロードを遠隔で指揮しながら、若い魔導士が苦悶の表情を浮かべる。
「丹精込めて育てたワイバーンが、使い捨てにされるのがそんなに嫌か?」
「......それもあります、けど管制長は良いんですか? "こんな爆弾"を落とすなんて......」
「我々は軍人だ、この世界にとって永遠の罪になろうとそれが命令なら実行するまでだ。余計な思考は捨てろ」
「......了解」
善も、倫理も、正義も......答えなんてありはしない。
彼らは彼らで、命令遂行という現実的判断に則って"脳死"を選ぶ。
後世はこれをどう批判できようか、人間1人1人に罪を問うてもなんの意味もないのだ。
パンドラの箱は開けられたのだ。
「壮観だな......」
見渡す限りに広がる軍、軍、軍!
普段ゴーレム軍団を率いているロード第6級将軍は、その光景に圧倒されていた。
彼は今回のグランスフィア郊外の大決戦における、現場の全権を任されていた。
優越感、圧倒的な高揚感がロードに溢れる。
もう少しすれば味方のワイバーンが上空に到達するだろう、そうなれば連合国軍との栄えある大決戦だ。
この重大局面を任されるというのは重荷だが、彼にとってかけがえのない名誉でもあった。
敵の大軍団は強大、だがここで敵を撃退できればどれだけの功労が与えられるだろうか。
きっと空き椅子になった最高幹部の席に座れるだろう。
それに――――
「必ず生きて帰るからな」
ロードはペンダントを握りしめる。
その中には彼が生涯愛すと誓った妻――――産まれたばかりの子供が写っていた。
魔族の中でも選ばれたエリート階級として、なんとしても魔王軍を存続させねばならない。
彼は家庭を愛する男として、魔王軍の戦士として戦場に立っていた。
「報告! 先遣隊によると、連合国軍の姿ですが......人っ子一人いないようです」
「なんだと」
それだけに、ロード将軍は伝令の報告を疑った。
「連合国軍の兵器は山岳や森で偽装するという、偵察車両くらいいないのか?」
「はっ! くまなく広範囲を索敵魔法で探索しておりますが発見できません」
どういうことだ、これだけの大軍団なのだから向こうもそろそろ動きを見せていいはず。
ロードのこれまでの経験では、突如始まる砲撃は接近した小部隊の報告を受けて始まる。
今回はそれを見越し、こちらも大量の魔導砲を揃えているので反撃も可能だ。
「おかしいな、連中のことだからもう砲撃が来てもおかしくないはず」
ミハイル連邦と交戦したロードは、その砲撃能力を恐れて部隊間の距離を開けさせたり、塹壕を掘らせたりしている。
その徹底ぶりは魔王軍随一だろう。
なのに、拍子抜けするほどに敵が来ないのだ。
おかしい、なにかがおかしい。
今までの連合国軍のドクトリンとは違う、この違和感の正体はなんだ......!
思考し、愚考するロード将軍はしかし答えがわからない。
「我々の規模を見て防御に移ったのではないでしょうか?」
「それもあるが......、しかしなぜだ」
ひたすら考えるロード将軍は、間違いなく魔王軍の中でも知将に近い。
だからこそ......。
「ん? なんだありゃ」
その命の重み、消失させた際のダメージも段違いだった。
「見張りより報告! 南の方角よりワイバーンです」
「チッ、クラーク将軍の第5軍団がようやく来たか。航空部隊の到着の遅れは致命打になりえるというの......、に......?」
目をこらしたロードは、すぐさま違和感に気付く。
「なぜあんなに少ない......? まさか!!」
ロード将軍に警鐘が鳴り響く。
「違う!! あれは魔王軍ではない! 連合国軍のワイバーンだ!!」
誰もが正義の意味を考え、自己を客観視しながら戦い続ける。
そういう意味で、戦争とは実に単純なものだ。
「迎撃しろ!!」
「ダメです! 高度が高すぎます!!」
「偵察か? いや......なにかぶら下げている」
互いの正義を強要する政治的行動が戦争なのだとしたら、この場合の正義とは簡単に判別がつく。
歴史の教科書は――――――
「ワイバーン! 物体を投下!!!」
勝者によって書き足されるのだ!!
「なんだあれは!!」
歴史とは勝者の記録、倫理も善も悪も全ては勝った者が独占できる!
なんとも傲慢で自分勝手、だがだからこそ歴史というものは成り立つのだ! 勝者によって描かれるのだ!
落下した"赤ずきん"は、ブラウン博士が計算した高度で信管を作動――――――パンドラの箱から絶望が溢れ出した。
「ッ......!!?」
蒸発した。
なにもかもが神の光によって埋め尽くされたのだ、十数万の命と感情が膨大な"熱核爆発"によって瞬時に消え去る。
喝采せよ! 喝采せよ!! 喝采せよッ!!!
今まさに希望と絶望が放たれたのだ、世を――――――世界を変える一撃がロード将軍と魔王軍混成部隊10万を瞬時に軍団ごと消滅させた。
愛情も、感情も、人情も全て無情! 人類史上初の核攻撃、善も倫理もかなぐり捨てた悪魔の一撃!!
昇り昇った巨大なキノコ雲が、死の灰を降らす。
後の歴史の教科書において――――――"この攻撃は正義であった"と記されることになる......。