第249話 第2世代型ホムンクルス
魔王城にある王の間で、ペンデュラムは天使リーリス・ラインメタルに穴の空いた繭を見せていた。
玉座に女神アルナの姿はもうない。
「さっすが"第2世代"、自爆しかできなかった初期型とは大違いね」
リーリスは繭を見て満足そうに笑っていた。
「リーリス様、【第2世代型ホムンクルス】......それはどんなものなのでしょうか?」
魔王ペンデュラムは、相変わらず天使に跪いている。
彼の言う"第2世代"のホムンクルスとは、この繭を破って外へ出た個体を指す。
「そうね、まず基本的な話としてあなたたちがよく知るのは【第1世代型ホムンクルス】よ。あれは魔力だけで動くただタフなだけの肉塊......とでも言えばいいかしら」
彼女が言うこれこそ、今まで連合国軍の前に姿を見せていたホムンクルスだ。
王都地下の工場でレーヴァテイン大隊に倒されたのが初期型、そして先日から不死身の体でもって自爆攻撃を繰り返していたのが【第1世代型ホムンクルス】であると言う。
「第1世代は面影こそ亜人勇者だけど、肝心の動力は魔力だけだった。だからタフな体で自爆するしかできなかった」
「で、ではその......今アルミナやブレストを追っている第2世代とは?」
「簡単な話よペンデュラム、魔力に加えて"勇者の魂"を適合させたのが第2世代になる。戦闘能力は第1世代の比じゃないわ!」
両手を大きく広げるリーリス。
実際に、この瞬間も彼女の言葉は真実であることが証明されようとしていた。
――――――
「あぐッ!? うぁ......っ!」
森に爆発が走る。
数十メートルは吹っ飛んだエルミナが、背中から巨木に叩きつけられた。
地面に倒れた彼女は、痛みに悶ながらもなんとか立ち上がる。
「冗談じゃないわよ......! たかだかホムンクルスにこのわたしが......」
エルミナ・ロード・エーデルワイスは、眼前の勇者と同じ様相を持つホムンクルスを相手に戦慄していた。
結論としてはあまりに戦闘能力が高すぎる、魔王軍にいた時は見下してすらいたその存在に歯が立たないのだ。
「こっのぉッ!!!」
全身から魔力を溢れさせ、エルミナはホムンクルスへ殴りかかった。
だが、その攻撃は掠りもせずかわされた。
それどころか、ホムンクルスは失望したような表情で口を開く。
「最高幹部が効いて呆れるわね......、クソ雑魚吸血鬼さん」
「だまれッ! ホムンクルスの分際でわたしを挑発するか!」
「実際弱いんだもん、それに女神アルナ様への信仰を欠いた魔族が調子に乗るのもいただけないところ」
「わたしが忠誠を誓ったのは魔王様だけだ! アルナなんていうペテン師に頭は下げないのよ!」
エルミナの攻撃はその全てが空振り、ホムンクルスは不気味に笑っていた。
「いーけないんだいけないんだ、アールナ様に言っちゃーお♪。それはそうと、今からでも遅くないからちゃんと神様に祈らない? そしたら命だけは助けていいかも」
「誰がッ!!!」
渾身の蹴りを繰り出すも、ホムンクルスは布のようにいなす。
「あっそ、個人的にはその信念好きなんだけどな......じゃあ――――――」
ストレートをかわしたホムンクルスは、瞳を再び金色に染めた。
「神様を信じない悪い子に躾けしなきゃ......ね!」
凄まじい衝撃がエルミナの脇腹へ走った。
「がはぁっ......! ぁっ!?」
信じられなかった、全く見えない速度でボディブローが打ち込まれていたのだ。
威力はバカみたいに重たく、エルミナの視界がグニャリと歪む。
「神は全能なり、その導きに誤りはなし」
「あがっ!? ぐあっ!!」
次々とラッシュが叩き込まれる。
1発1発が鉄球のような重さを持っており、彼女の頭から"反撃"という文字が消えた。
「もって神を信仰せよ、さすれば恩寵が与えられん」
「ぐぅ......ッ!」
蹴り飛ばされたエルミナは、雨で濡れた泥に全身を打ち付けた。
もう彼女は自力で立ち上がることもままならない。
「よっと」
倒れるエルミナに近づくと、ホムンクルスは彼女の髪を掴んで無理矢理起き上がらせた。
「うぐ......っ!」
「ちょっとは命乞いする気になったかしら? クソ雑魚吸血鬼さん?」
「はっ! 誰が......」
痛めつけられてなお反抗的な彼女は、ホムンクルスに唾を吐いた。
勇者と同じ顔を持つそれにべチャリと付着する。
「罰当たりめ......そんなに唾吐きたいんなら吐かせてあげる」
ホムンクルスが右手に魔法陣を浮かべる。
「『ガイアランス』」
直後、隆起した岩が砲弾のような勢いでエルミナのみぞおちへ突き刺さったのだ。
先端部が柔らかい腹部にめり込む。
「がはっ......! げほ!?」
脱力したエルミナの口から、血混じりの唾液がこぼれ落ちた。
それはまだ睨みつけていた彼女の戦意を折るのに十分な一撃だった。
「くはっ......、ぅ......ッ」
紅眼だった瞳が薄いピンク色へ戻り、エルミナの全身を包んでいた魔力が四散した。
「あら、元に戻っちゃった。だらしないわね......ってもう聞こえてないか」
完全に意識を失った彼女へ、ホムンクルスはトドメの一撃を振りかぶる。
「死ねっ......! 主に従わない下等種族め」
端正な顔を潰してやると意気込んだ一撃は、しかしその場で空振りした。
「えっ?」
消えた......? いや違うっ!
直後、ホムンクルスへ特大の衝撃が落っこちた。
「だアアアアアアァァァアアアア――――――――――――――――――――ッッッ!!!!」
「があッ......!!?」
脳天を"エンピ"でかち割られたホムンクルスは、そのまま顔面ごと地面にめり込んだ。
それは、飛んできたセリカ・スチュアートのスコップによる渾身の攻撃だった。