第244話 神の御前
――――魔都ネロスフィア。
「ホムンクルスの製造は順調かしら、魔王ペンデュラムさん?」
まるで豪奢な教会のような造りをした【魔王の間】で、ペンデュラムは天使リーリス・ラインメタルに見上げられた。
「はっ......はいリーリス様、全ては万事順調。試作品共はプログラム通り連合国軍へ自爆攻撃を行っております」
漆黒の鎧に覆われた魔王は、決して部下に見せてはいけない口調でしゃべる。
魔王軍は天界の下請けでしかないと知られれば、たちまち瓦解するからだ。
「まっ、"第1段階"の未完成品にしちゃ上出来かしら。いいわ! 偉大なる主の導きによって世界は全て変わるのよ!!」
リーリスは華奢な足でペンデュラムを蹴り倒した。
「ぐぅっ!」
膝をつくペンデュラム。
リーリスは兄と同じ金髪を振りながら碧眼を輝かせた。
「ただの自爆兵じゃ連合国軍は止められない、けれどあれはただの器。ただの入れ物にそこまで求めてなんかいないもの!」
さらにペンデュラムを殴る。
その力は凄まじく、鎧がひしゃげるほどだった。
「アッハハハハ!! もうすぐ......もうすぐよ! 家族を捨てたあのクソ勇者......! あのクソ兄貴が作り上げた全てをぶっ壊せる!!! あっはっはっはっはっは!!!!!」
狂い笑いしたリーリスの瞳は、勇者と同じ金色に染まっていた。
「なにが国家だ! なにが国営パーティーだ!! 人間共がより集まったくらいで神の恩恵を捨て去るなど傲慢もいいところ! 人間は主の加護なくして生存できない! できるわけがない! 信仰を捨てた国家は自浄作用により――――――」
彼女の背中から純白の翼が広がった。
禍々しくも神々しいそれに、ペンデュラムはただ怯えるしかできない。
「この世界から淘汰される......!」
瞬間――――――魔王の間が光で満たされた。
雷が落ちたかの如き雷鳴、途端感じたこともないほどの魔力が押し寄せた。
あまりの眩しさに目をつぶっていたペンデュラムは、ようやくの思いでまぶたを開いた。
「......ッ!!?」
自分が座るはずの玉座、そこには銀髪の1人の女性が座っていたのだ。
凄まじい輝きを放つ彼女へ、リーリスとペンデュラムはすぐさま膝まずいた。
彼の者こそ――――――唯一無二、絶対の存在であったからだ。
「女神......アルナ様!?」
「............」
魔王ペンデュラムの問いには、立ち上がったリーリスが答えた。
「アルナ様はこう仰っておられる――――『敬虔にして忠実な下僕たるペンデュラム、少しは足元を見なさい』」
絶対的高位の存在は、魔王と直接口を交わすことなどない。
リーリスを介して言われた言葉に驚き、ペンデュラムは慌てて下を見るが当然そこには床しかない。
「『そのままの意味ではない、貴様の部下についてだ』」
「部下......でありますか?」
「『いちいち聞き返すな無能、お前の部下のよからぬ企みがまさか看破できずにいようとはな......』」
「も、申し訳ございません!!!!」
頭をさらに深く下げるペンデュラム。
女神アルナはゆっくりと空中を指でなぞった。
「『ホムンクルス製造工場はこの城の地下であったな?』」
「はいっ!!」
魔法陣を浮かべたアルナはニヤリと頬を吊り上げる。
「『なるほど、亡命ついでに爆破しようという算段か......。ペンデュラムよ、貴様の部下は先見の明があるようだ』」
空中にスクリーンが映し出される。
そこには――――――
「なっ! あいつら......!?」
吸血鬼アルミナ・ロード・エーデルワイス。
吸血鬼エルミナ・ロード・エーデルワイス。
さらに第7級将軍ブレストが、ホムンクルス製造工場に爆裂魔法を仕掛けていたのだ。
「『なるほど、連合国軍への亡命の手土産にするつもりらしい......どうする無能?』」
女神アルナに問われたペンデュラムは、床を叩き砕いた。
「あいつら全員を――――――今すぐ皆殺しにいたします......!!!」
「『ふむ、頼んだぞ魔王。ジーク・ラインメタルの前にまずは目の前の裏切り者を粛清するのだ』」
魔王ペンデュラムは転移魔法を発動、その姿を消した。
「......、どうなさいますかアルナ様? っとなると連合国軍が【竜王国跡地】まで亡命希望者を迎えにくる可能性がありますが」
リーリスに問われ、女神アルナはようやく自身の口を開けた。
「第2段階のプロトタイプ型ホムンクルスを送り込みなさい、おそらく裏切り者ジーク・ラインメタルの部隊が来るでしょう」
「あぁ素晴らしいですアルナ様!! 全面的に同意致します! 奴らに信仰を持たざる者は淘汰される世界の現実を――――――見せてやりましょう!!!」