第241話 トリニティ起爆
――――王国領 東ウォストピア ウォストノヴル村。
このとある辺境の村で亜人たちは平穏に暮らしていた。
戦略的に重要度の低かったこの地域は、戦火を免れていたのだ。
「なぁ、さっき王国の人間共が村の外れに置いていった黒い物体......ありゃなんなんだろうな?」
「知るかよ、人間共のことだ......どうせ戦争に使うもんだぜありゃ。この村を保管庫にでもしたいんだろうよ」
「だがよぉ......」
亜人の若者が呟く。
「なんか変な胸騒ぎがするんだ......」
「はぁ? なんでだよ」
「俺たち全員......もうすぐ死ぬんじゃないかって」
「バカバカしい、ウォストピアは負けてもう戦争してねーじゃねえか。王国人だって復興に尽力してくれてる、もうあいつらは敵じゃねーだろ」
王国は東ウォストピアに対して、わりかし人道的な戦後対応をしていた。
だからこそ、一般の亜人にとって王国人はもう敵じゃなかった。
「でも、もしあの黒い物体が何か大変なものだったら......」
「"この村を全て吹っ飛ばすほどの爆弾"だとでも? そんな強力な爆弾あるわけねーだろ」
「だ、だよな......。ごめん、俺の気にしすぎだったわ」
彼らは知らない――――この村周辺の名前が、つい先日変わったことを。
名を――――東ウォストピア 【ウォストノヴル核実験場】。
「遂に来たな少佐......」
完全に防護された観測所内で、防護魔法付きの強化ガラス越しにウォストノヴル核実験場を見つめながら参謀次長は呟いた。
その後ろには、王国の重鎮たちが並んでいる。
「今日は人類が人類たることを示す記念日です、叡智の炎を前にウォストノヴルの亜人たちもきっと喜ぶでしょう」
勇者ジーク・ラインメタルは、専用のグラスを掛けながら参謀次長の隣に立つ。
彼らは今日――――この戦争を終わらせるための兵器実験に立ち会っていた。
「『トリニティ』の炎が遂に咲き誇りますか......、今日ほど複雑な日はありませんね」
最後方にいた東ウォストピア統括管理官であるターナーは、一つため息を吐いた。
『トリニティ』......それは、王国が長い年月と莫大な金に魔法技術を詰め込んで創り上げた【戦略核爆弾】の秘匿名称だ。
「この爆弾は1発で戦略砲撃並の威力を持つと聞きますが......、本当に人類が持ってよいものなのでしょうか......。それに」
ターナーは爆弾のある地平線を見る。
「あそこには何も知らない罪なき亜人たちがいる......、彼らを実験台にするなんて......」
「ターナー統括管理官、貴方のお気持ちは痛いほどに伝わります」
ラインメタル少佐は彼の肩を叩くと、不気味に笑った。
「ですが......我々は人類。この世で最も業の深い生き物であります、その忌むべき憎むべきゴミクズみたいな生き物だからこそ、我々は挑戦しなければならないのです」
『全システムオールグリーン、起爆シークェンス進行中』
『全電力装置、正常運転中!』
「だ、だがこんなのは間違っているのではないか!? 我々は神に喧嘩を売っているのではないんだぞ!!」
その言葉を聞いたラインメタル少佐は、一瞬の沈黙の後に......。
「クッ、はっは......、ハッハッハッハッハッハッハ!!!!」
大きく、盛大に、これ以上なく笑い潰れた。
「な、なにがおかしい!?」
「ここに来てまだ我が国の本質を知らないとは、ターナー統括管理官はよほど熱心な女神の信徒らしい!」
「なんだと......!? ぐおっ!?」
ドンと突き倒されるターナー。
見上げると、ラインメタル少佐が悪魔のような笑みを見せていた。
周りの重鎮たちはその様子を全く気にしていない。
「貴様ら......! 全員気でも狂ったか!!」
「お言葉ですがターナー統括管理官、この場で最も狂人に近いのは......あなたです」
「なんだと!?」
『起爆まで1分! 最終シークェンス進行中!!』
「このような悪魔の実験は即刻中止すべきだ! これは神に対する冒涜だ!!!」
「この世界に中立に熱意を注ぐ神がいればその言葉も意味を成したでしょう、だが......現状では無意味です」
「俺は亜人や神と友好を築くためにここまでやって来たんだ! まさか勇者様がここまでの気狂いだったとはな!! 誰かコイツを拘束しろ!!」
ターナーの声が観測所内に響き渡るが、誰一人として気にも止めない。
ただ、ガラスの外の地平線を見つめていた。
「敗北主義者だ、拘束したまえ」
「ッ!?」
逆に、ターナー統括管理官がラインメタル少佐の指示によって拘束されてしまった。
「敵対心を明確に示した神などこの世には不要、女神が不可侵中立を破るなら我々はその禁断の一歩を踏み出すまでです!!」
『トリニティ起爆まで10秒......!』
「永遠の罪になるぞジーク・ラインメタル!! 世界を二度と引き返せない闘争の渦へ引き込むつもりか!!」
「上等だと返させてもらおう! 我々は今日――――――!!」
『起爆まで5秒......!!』
「神に等しい力を得るのだッ!!!」
地平線に2個目の太陽が現れた。
核分裂反応によって膨れ上がった爆風が、地響きのように観測所を大きく揺らす。
「うおおおおおッ!!!!」
龍のように昇ったキノコ雲が、天を貫く。
爆心地に隣接していたウォストノヴル村は完全に消滅した。
もちろん、そこに住んでいた亜人も全てである。
「諸君! 我々は今――――――歴史上最も非難されるべき、クソ野郎になったのだ!!」
アルト・ストラトス王国は、この戦略核爆弾を【赤ずきん】と命名。
この実験の数日後にターナー統括管理官は辞職。
彼は後に「敵の不死身の自爆兵など可愛いものだ。本当の魔王は、我々なのではないか......」と書き記している。