第238話 兵器と魔法
明けましておめでとうございます!
新年最初の回は魔法と銃、勇者についての雑談からスタートです
魔王領の奥深くにあたるこの場所は、自然豊かで河を挟んだ先に畑が広がっていた。
そんな穏やかな農村部に、無骨なエンジン音が響き渡る。
「渡河用意よし、順次作業開始せよ」
王国軍の4型戦車H型が、大きめの川に敷かれた橋を慎重に横断する。
ここを超えて前方のオーガ大隊を攻撃するのが彼らの役目だ。
その光景を、機銃付きのハーフトラックに乗った王国軍兵士がジッと見ていた。
「中隊長、もっぱら前線で噂になってる"ホムンクルス"。あれどう思います?」
双眼鏡で周囲の状況を確認しながら、近くにいた中隊長に声を掛ける。
「ホムンクルスだぁ? お前もあんな与太話信じてんのか?」
当の中隊長は、あまり乗り気ではなさそうだ。
「でも俺の友人が見たって言ってますし、噂じゃ最新の5型戦車1個小隊が壊滅させられたって話ですよ」
8両いるうちの戦車4両が渡河作業を進めた。
「俺たち軍人はその大体がプラグマティストだ、憶測や噂話で作戦方針を変えるなんてまずありえん。ホムンクルスの噂がもし本当だとしたって――――」
中隊長はチラリと渡河作業を進める戦車を見る。
「俺たち王国軍の敵じゃねえよ、いくら身体能力が高くても主砲や機銃を前にしちゃオーガもゴブリンも生きちゃいねえ。お前だって見てきただろ?」
機銃手の脳裏にこれまで倒してきた敵の姿がよぎった。
「厄介な集団を作るゴブリンはお前の操るMMG(汎用機関銃)なら一斉射で全滅、屈強なオーガだってあそこを渡ってる戦車の75ミリ砲でワンパンだ。魔王軍が脅威だった時代は終わったんだよ」
「でも俺......時々心配になるんです」
「なにがだ?」
川の水面がピチョリとうごめく。
だが、どうせ魚だろうと無視した。
「前にウォストピアに現れた勇者の話......、もしあんなのが敵の手で量産されつつあるって思ったら......」
「勇者を量産だぁ? はっはっは! 小説家だってもうちょいマシなプロットを考えるぜ。そんなもん――――本物の勇者や蒼玉を加えた王国軍になにができるってんだよ」
「それは......」
押し黙った機銃手へ、中隊長は続けた。
「いくら勇者が強くたって、戦域のごく一部しかカバーできないんなら戦車大隊の方がまだ使える。ジーク・ラインメタル少佐はそれをわかってたからこそ今の軍を望んだ」
「たった1人に依存しない安全保障......ですか」
「あぁ、そもそも魔導士っていう存在自体、もう需要が少なくなってきてるっていうしな」
高位魔導士といえば、前大戦で多くの敵を葬った英雄職だ。
だが近代化された戦争において、銃や砲に勝る存在感を放てなくなっていた。
「攻撃魔法を使えばそりゃ戦費は浮くだろう、だが何体敵を倒せる? 最上位の属性魔法攻撃すらMMG150発分の制圧力に届かないんだぜ? しかも使えるやつはごく少数......」
中隊長は据え付けられた機関銃を見た。
「それに比べ、これなら訓練を積んだ兵士の誰もが使える。わざわざ剣や魔法で戦う物好きは趣味人の冒険者だけなんだよ。銃で死なないやつはこの世にゃいねえんだから」
まったくもってその通りであった。
銃や砲こそ軍隊の、いや――――人間の目指す究極の攻撃手段なのだ。
「自分は魔法が栄華を誇る時代も好きだったんですけどねぇ」
「魔力より火薬の方がコストパフォーマンス良かったって話だろうよ、"誰でも同じ働きができる"っていうのが組織じゃ最も望ましいんだからな」
渡河中の戦車がいよいよ中腹に差し掛かる。
双眼鏡に頼もしい味方を捉えた――――次の瞬間だった。
「なッ!?」
橋の中央部が大爆発を起こしたのだ。
それも1回ではない、2回3回と立て続けに火柱が登ったのだ。
「おいおいおい! 爆裂魔法陣地でも踏んづけたか!?」
橋は大きく崩れ落ち、渡河中だった戦車4両が次々と落下した。
川へ放り出されてしまってはもうスクラップが確定だった。
「ッ......!!!」
機銃手が双眼鏡を向けると、ひっくり返った戦車の上に何かがいた。
「小柄な猫獣人の少女......? いや!?」
それは、あまりにもおぞましい光景だった。
「敵襲! 敵襲ッ!!」
全く同じ顔、全く同じ身体を持った6体の猫獣人が、瞳を"金色"に染めながら沈みゆく戦車の上に立っていたのだ。




