第237話 大侵攻
雪解けが始まる4月7日――――この日、連合国軍による春季攻勢が開始された。
東部第1戦区と呼ばれる【竜王国跡地】前面では、王国陸軍の主力である43個師団が農村部に激烈な攻撃を浴びせていた。
繰り出される砲撃もただの榴弾ではない、防衛線を築いた魔王軍に対して黄十字ガス弾と青十字ガス弾を混合で撃ち出していたのだ。
「お母さん! お母さーん!!」
「目が......皮膚が! あぁッ!! あああああああ――――――――――――!!!!」
黄十字ガスは糜爛性の猛毒であり、皮膚などからジワジワと害を及ぼす。
これらのガス砲弾は、魔王軍の防衛線のみならずその後ろの農村部まで撃ち込まれていた。
甚大な被害である。
朝までなにも知らずに生活していた農民たちが、昼を迎えることなく戦争により死んだのだ。
"人権"というものが如何に尊く偉大であったか、彼らは死んでから初めて理解する。
ガスが晴れる頃には魔王軍の守備隊は壊滅しており、農村は死屍累々の地獄と化していた。
そんな防衛線"だった"ところを、王国軍の戦車連隊が残党を駆逐しながら進撃する。
「待てっ! 降伏する!! だから助け――――――」
慈悲などない。
連合国軍は魔王軍の捕虜を取るつもりなどなく、兵站を圧迫しかねないことから全て射殺するよう命令されていた。
逃げ惑う魔族の子供や老人が、連射速度の高いMMGによって次々と風穴を空けられていく。
また、空からの攻撃も苛烈だった。
制空権を完全に握った連合国軍は、数百騎のワイバーンによる空爆を実施。
前線から逃げる避難民を根こそぎ焼き払っていた。
また、王国軍と共同で行動しているスイスラスト共和国は、直接手を下すのではなく補給線の維持に努めていた。
共和国はなぜか未だに永世中立宣言を放棄していない。
おそらく今後の外交上のことを見据えて、建前のために参加しているといったところだろう。
一方で、北東戦線こと北部第12戦区では、ミハイル連邦の赤軍と魔王軍第6軍団が交戦していた。
この第6軍団は多数のゴーレムを率いるロード将軍の指揮下であり、肉弾戦なら最強と言われていた。
そう、相手が悪すぎたことを除けば......。
「こちら第6軍団前線指揮所!! 第3防衛線が突破された!! 敵の攻撃は苛烈!! 物量の差は決定的! これより最終防衛線に移ります!!」
第6軍団のゴーレム部隊は、平地に隣接した小山に陣取っていた。
そこに詰めかけたのは連邦第1、および第2戦車親衛軍の戦車数百両。
さらに連邦第58、第66、第42、第68軍団。
および第29、第66、第50、第31、第65軍からなる超大規模方面部隊であった。
連邦軍はその小山に対して『カチューシャ多連装ロケット』や、数千門の自走砲、野戦重砲を投入しての徹底攻撃を開始。
小山は爆発と衝撃波に覆われ、指揮所ごと猛爆により吹っ飛んだ。
また、指揮系統を失ったゴーレムの最期は悲惨である。
彼らは果敢に挑んだが、連邦軍の戦車は『T−34中戦車』、『KV−1』および『KV−2』、および『IS−2』という王国軍機甲師団と同レベルのものだ。
ゴーレムというゴーレムその全てが、接近戦に持っていくことなくアウトレンジから撃滅された。
海の方に目を向けてみよう。
南方海域沖合から侵攻した王国海軍第2機動艦隊は、魔王軍第3軍団の水竜と戦っていた。
「爆雷投下ッ!!!」
前衛の駆逐艦が、ソナーで探知した場所目掛けて爆雷を叩き込んだ。
水竜はその独特な音によって、駆逐艦のソナーで容易に位置がわかるのだ。
水柱が吹き上がる。
爆雷による爆発の衝撃は大気中の何倍という威力で水中を走り、待ち伏せしていた水竜軍団の内蔵を破壊した。
距離があった水竜が慌てて浮上するが、そこまでだった。
「撃てッ!!」
たまらず海面に浮き上がった水竜は、あっという間に主砲や機関砲によって肉片と化す。
あまりにも違いすぎる戦争の次元に、魔王軍は冬を通して造り上げた防衛線をたった2日で突破されてしまった。
そして、連合国軍はいよいよ【竜王国跡地】にまで到達する。
ここを突破すればネロスフィアまで僅かだ。
だが、ここで前線にて妙な噂が流れ始める......。