第234話 覇者たる資格
――――アクローノ駐屯地 V−1発射観測所。
すっかり夜になり、月明かりを見ていたV−1飛行爆弾開発主任のグロース・ブラウン博士は、ふと聞こえた足音に振り返った。
「おやラインメタル少佐、よく私がここにいるとわかりましたね」
振り返ると、そこにはレーヴァテイン大隊長ジーク・ラインメタル少佐の姿があった。
相変わらず軍用のコートを上から羽織っており、得体の知れない笑みを浮かべている。
「今日は月が綺麗ですので、この特等席にいるのではと思いましてね」
「その考えは大当たりです少佐、なにせ今日は我が方舟が月への第一歩を踏み出した記念日なのですから」
機械にもたれ掛かる博士。
「V−1は計画通りドラゴンに命中しました、実戦試験は成功だと思いますが?」
「いやいや、私的には全くの失敗だよ少佐。なんせ"着陸場所を間違えた"んだから」
一瞬思考した少佐は、しかしすぐに答えを見つけ出す。
「なるほど、博士の目的地はあくまで"月"というわけですか」
「そういうことだよ少佐、私は月に向かってV−1を飛ばしたんだ。だがトロイメライに落ちるとは......まだまだ研究の余地ありということだろう」
白衣のポケットに手を入れながら、博士はどこか物悲しそうに呟く。
彼にとって巡航ミサイルとしてのV−1など、宇宙開発への通過点に過ぎないのだ。
「地球上に落ちてしまうロケットなどあまりにもくだらない、巡航ミサイルなんかいくら造ったところで念願の月には一生届かないだろう......というわけですかな?」
ラインメタル少佐は笑みを絶やさない。
「そうだとも少佐! 巡航ミサイルなど所詮は地球上で完結してしまう駄作だ! 我々はもっと、もっと先の次元を目指さねばならない!!」
「っと、言いますと?」
「地球を飛び出すほどのロケットを造るんだ! そう、迎撃不可能な宇宙空間からの決定的な一撃を与えうる兵器を! さすれば月へのゴールは一気に近づく」
「そういえば、今は亡きナチス・ドイツの研究者も言っていましたね。『我々は史上初めて宇宙空間に砲弾を到達させた』......と。彼が言った"パリ砲"とやらをリスペクトするわけですか」
ブラウン博士は拳を握り締めると、観測所のガラスへ叩きつけた。
凄まじい音と共に強化ガラスが砕け散る。
「否ッ! もっと先だ、いずれ我々はこの世界初となる"大陸間弾道ミサイル"を造り上げるべきだろう! それは重輸送ワイバーンに代わる新たな爆弾輸送手段であり、宇宙開発への偉大なる布石となるだろう!!」
血だらけの拳を振るう博士へ、少佐は持っていたハンカチを手渡す。
「素晴らしい響きです、参謀本部もきっと喜ぶでしょう」
「あぁ、もし魔王軍――――そして忌々しきマーダーを殺したその先の世界があるなら、この大陸間弾道ミサイルに新型戦略爆弾『トリニティ』を最初に載せた国が覇者となるだろうね」
ハンカチに真っ赤な血が染み込む。
「『トリニティ』の試験はいつ頃になりますかな? 博士」
「連合国軍の春季攻勢と同時期になるだろう、うまく使えばたった一発でこの戦争は終わる」
「なるほど、では敵側の"講話勢力"をなんとかして確保したいところですね」
「その通りだ少佐、戦争とは――――文書に署名してくれる者がいなくては終われない。たとえそれが"無条件降伏文書"だとしても......だ」
「心得ております、博士」
ドラゴンの危機は、エルドたちレーヴァテイン大隊の活躍により無事に去った。
連合国軍の春季攻勢まで――――あと2ヶ月。
『トリニティ』起爆実験まで――――あと56日......。