第23話 VSデスウイング
――――13:45。トロイメライ・コロシアムの中心に、巨大な漆黒のスライムが現れた。
俺たちを見下ろすそれは、元魔王軍最高幹部であるデスウイングが変形したものだった。
「おいおいおいおいデカ過ぎだろ! しかもなんで『スライム』なんだよ!!」
「わたしに言われても知らないッスよ! アイツは元魔王軍最高幹部、とにかく強かったという記録くらいしか残されてないんですから!」
闘技場まで上がった俺たちは、ザコモンスターとして知られるスライムが完全にボスポジションとなっていることに、かなり困惑していた。
「少佐! あなたは前にアイツを倒したと聞きます、攻略法とかはないんですか?」
「う~ん、攻略法って言ってもデスウイングが『スライム』になるなんて予想外だしね〜。ルナクリスタルの影響かな? どっちにしろマズい状況になったよ」
アッハッハと笑う少佐に「笑いごとじゃないですよ!」とツッコミ、階級も忘れて肩を揺さぶる。
「そうは言ってもだねエルド君、こうなると相当厄介なんだ。なんなら1発撃ち込んでみればわかると思う」
撃っても良いのかよ、確かにスライム化したデスウイングはほとんど動かず、赤く輝く目も定まっていないように見える。
確かに今がチャンスだ。
「では撃たせてもらいます! 威力偵察だセリカ、同時にやるぞ!」
「了解ッス!」
こんなデカブツわざわざ狙うまでもない、中心目掛けてサブマシンガンを撃ちまくった。
「どうだ! ......って、え?」
なんということでしょう、俺とセリカの放った弾丸はゼリー状の体に埋まり、貫通どころかダメージすらないように見える。
9ミリ拳銃弾では威力不足か!?
撃ち込んだ弾丸をデスウイングが体外に出すと同時、弾倉を装填して今度は本気で殺しに掛かる。
「『炸裂』!!」
デスウイングの体内に再び入った弾丸が爆発、内側からの衝撃で真っ黒なゼリーが闘技場に飛び散った。
「うひゃあッ!?」
ゼリーをモロにかぶったらしいセリカが、驚いて銃を落としている。
「ダメか......」
「『ダメか』じゃないッスよ! ベトベトになっちゃったじゃないですかぁ!」
結局、エンチャントを使用してもデスウイングに痛撃は与えられず、セリカがベトベトになっただけで終わった。
それどころか、再生して攻撃など無かったように元通りだ。
「お分かりかいエルド君。アイツは体内に"コア"を有していてね、それを破壊しない限り永遠に再生するという訳さ」
「なるほど......、それは厄介極まりない」
このサイズだ、分厚いゼリー状の体ごとコアをブチ抜こうったって、サブマシンガンではとてもじゃないが威力不足。
スナイパーライフルでも怪しいだろう。
「戦車でも呼びますか?」
「そうしたいのは山々なんだが......、おそらく無理だ」
なぜと問おうとした俺は、突然周囲が暗くなったことに気付く。
太陽を隠したのは、雲ではなくデスウイングの持つ触手だった。
「うおおっ!?」
間一髪で回避。
ああクソッタレ、とうとう意識がハッキリしだしたらしい。
デスウイングは俺たちへ追加の触手を叩き落してきた。
「全く、これを使うはめになるとはね......」
ラインメタル少佐から冗談みたいな魔力が溢れ出す。
銃剣を2本抜いた少佐は、それこそ弾丸でも見切れるんじゃないかと思う速度で迫る触手を斬り刻んだのだ。
「おお、少佐のそれ初めて見たッス」
ゼリーを引き剥がしたセリカが感嘆している。
驚くのも無理はない、そこに立っていたのは軍服ながらも間違いなく魔王を屠った伝説の存在。
――――"勇者"の姿があったからだ。
「今ではこの状態を安直に『勇者モード』と呼んでるが、これを維持できる時間が実は長くなくてね......。さてエルド君、何か案はないもんかね?」
「いや案と言われましても、銃弾の威力が足りないんじゃ――――うおお!?」
デスウイングの猛撃を、寸前で『勇者モード』の少佐が銃剣で防いだ。
「これを貸す! なんとかしてコアを撃ち抜いてくれ。僕が壁になって攻撃の大半は止めよう。人生で1番気張って仕事しろ!」
渡されたのは、さっきまで銃剣が付いていた少佐のスナイパーライフル。
既に弾は込められていた。
「りょ、了解しました!」
こうなったらやるしかない、俺は踵を返し観客席へ向かって突っ走った。
「エルドさん! どこ行くんですか!?」
「上まで登ってからこのライフルで撃ち下ろす! 少しでも弾の威力を上げたいからな!」
「なるほど、じゃあわたしが護衛しますよ! 行きましょう!!」
目指すはコロシアムを見下ろすシンボル、女神アルナの巨像だ。