第226話 世界初の兵器
――――王都郊外 ガレリア工廠実験場。
王国軍で使われる兵器は、そのほぼ全てがここガレリア工廠で生み出されたものだ。
王都市街地から少し離れたこの施設は、短距離の滑走路や射撃試験場、さらには兵器工場なども有している。
「これはこれは、王国軍参謀次長閣下にジーク・ラインメタル少佐。夜分遅くにこんなところへわざわざすみません」
2人を出迎えたのは、一見なんの変哲もない男。
だが、この人物こそ王国技研の第一人者たる人物だった。
「お久しぶりです"グロース・ブラウン博士"、研究の方は順調ですか?」
少佐と博士が互いに握手する。
「もちろんです少佐、あなたたち王国の潤沢な支援と戦争特需により、『サジタリウスの矢』はほぼ完成しました。後は射撃実験を残すのみです」
「それは素晴らしい、つまり博士の夢もまた一歩実現に近づいたというわけだ」
「とんでもない、まだまだ遠いですよ」
そう呟くと、グロース・ブラウン博士は夜空に浮かぶ月を見つめた。
「そう、月はまだまだ遠い......。38万キロ以上の超長距離航行を達成できる船は『サジタリウスの矢』ですら通過点に過ぎません」
「そういえば博士、君は月に行くことが生来の夢だったな」
コートを着込んだ参謀次長が聞く。
「その通りです閣下、わたしは生まれて以来その夢を持ち、ただひたすらそのためだけに今まで尽力してきたのです。月という未知の世界に挑戦しない道理はありません」
「その飽くなき探究が王国を救う切り札を生み出したのだ......、早速成果を見せてほしい」
「かしこまりました」
博士に連れられた少佐と参謀次長は、兵器工場の奥深くへと進んだ。
何重ものセキュリティを抜け、連邦軍の砲撃を想定した頑丈な地下保管庫まで抜ける。
やがて、巨大な空間の奥に影が浮かび上がった。
「ほう、これが『サジタリウスの矢』......か」
2人が見上げたそれは、既存の兵器の常識を大きく覆した異物。
先端は空気抵抗を考慮した形状になっており、後部は見たこともない機構をしていた。
「素晴らしい! これがトロイメライに巣食ったトカゲへ一撃を与えうる"爆弾輸送機"だな!」
テンションの上がるラインメタル少佐。
前に立ったグロース・ブラウン博士は、誇らしげに兵器を指した。
「どうぞお見惚れください......これこそ我が無限の探究心を運ぶ最初の船であり、王国最先端技術の結晶――――――秘匿兵器名称は『V−1』です」
漆黒の機体に、後部からはエンジンが伺える。
まさしくオーパーツと呼ぶにふさわしい外見をしていた。
「素晴らしい、スペックのほどは!?」
「巡航速度はワイバーンを軽く超える600キロを誇ります、さらには800キロ以上の爆弾を詰め込み、先端に最新の魔導リンク誘導システムを搭載したこの世界初の"巡航ミサイル"です」
とんでもない兵器だった。
こんなものがあれば、ミハイル連邦の首都ですら開戦と同時に焼け野原にできるだろう。
巡航ミサイルという全く新しいカテゴリの兵器に、少佐のテンションは最高潮だった。
「素晴らしい発明だ博士、この『V−1』――――ただちに発射実験を行いたいが構わんかね?」
「もちろんです、発射台は既にトロイメライに近いアクローノ駐屯地で建設済みです」
元々この『V−1』の発射台は、戦線から最も遠い東方のアクローノ地方、そして前線に近い東ウォストピアに造られていた。
今回ドラゴンが巣食ったのはアクローノ地方に隣接するトロイメライ市。
まだ市民がいるかもしれない市街地に艦砲射撃をするわけにはいかない。
精密に誘導できる『V−1』なら、魔力を充填しているであろうドラゴンにピンポイントで800キロの飛行爆弾をお届けできるのだ。
「ん?」
ふと、2人の盛り上がりをよそに周囲を見渡していた参謀次長は、まだ奥に分厚い扉があることに気がついた。
「誘導方式については後ほど聞こう、ところで博士......あの奥の扉にはなにが入ってるのかね?」
「あぁ、アレが以前言っていた新型戦略兵器――――秘匿名称『トリニティ』ですよ」
「ほう......、開発の進捗はどうだね?」
「もう少しなんですが、いかんせん"爆縮"という技術が厄介でしてね......」
「なるほど、ではドラゴンが片付いたら東ウォストピア領内で実験してみよう。魔王軍を降伏させるトドメの一撃として使いたい」
「了解しました、非常に重たい爆弾ですので重輸送ワイバーンが何騎も必要になります」
「わかった......個人的にはできれば使いたくないがね」
翌日、トロイメライ奪還作戦が本格的に練られることとなった。
同時に『V−1』の実戦試験も決定、アクローノ地方の発射台へと輸送が開始された。