第225話 ドラゴンスレイヤー戦闘団設立
「失礼します、閣下」
――――王国軍参謀本部。
厳正な知性の権化たらんとするここは、かつてない緊張に包まれていた。
「入れ、少佐」
慌ただしく行き来する参謀官を尻目に、入室を促されたレーヴァテイン大隊長ジーク・ラインメタル少佐は、早速部屋にいた参謀次長と目を合わせた。
「夜分遅くにご苦労、昼に来たばかりだというのにすまんな」
「いえ、准将閣下のご心労に比べれば些細なこと。状況をお教えください」
「いいだろう」
いつもならとても静かなところなのだが、今日に限ってはそうもいかない。
竜人と天使の王都襲撃だけでも胃袋がガリガリと削れるのに、ドラゴンまで現れた今日は厄日だと皆が思っていた。
「海軍による迎撃が行われたと聞きましたが......」
「あの程度の戦力で迎撃などと呼んでいいかは疑問だが......、確かに行った」
参謀次長とラインメタル少佐の表情はより険しくなる。
「結果から言おう少佐、当該海域に展開していた艦による迎撃は失敗した。現在ドラゴンはトロイメライ市へ襲来中と考える」
ラインメタル少佐へ、展開していた戦力の資料が渡された。
「重雷装艦に量産型駆逐艦の2艦のみ......ですか、なるほど――――確かにこれでは数匹のアリに山盛りのパンケーキを平らげろと言うようなものです。トロイメライ市の軍の状況は?」
「良くないな少佐、現在我々は【魔都ネロスフィア】陥落のための作戦を進行中だ。陸軍主力は西方戦線に展開中......。トロイメライには警備用の歩兵2個大隊がいるのみと言っておこう」
「それは辛いですな......、海軍の方は?」
参謀次長は「あぁ」と相づちを打つ。
「ちょうど東方方面軍の第1機動艦隊が、東ウォストピアに向けて出港しようとしていたところだ。戦闘準備はできている」
「艦隊編成は?」
「強襲揚陸艦1、戦艦1、巡洋戦艦2、軽巡洋艦5、重巡洋艦4、駆逐艦12、その他補助艦17。いずれもウォストクローナ海戦を戦った実績ある艦隊だ」
「それだけいれば戦力としては十分と言ったところでしょう、ドラゴンに対する対空火器の有効性はどれほどあるでしょうか?」
こうしている間にも、トロイメライ市は爆撃を受けている。
占領は時間の問題だ、市民の命を考えれば一刻の猶予もない。
「生き残った《駆逐艦ゴッド・ウインド》によると、対空砲火の大部分は弾かれたそうだ。我が軍の最新鋭重戦車――――その正面装甲に匹敵する防御力を持っていると考える」
「空飛ぶ戦車と言ったところですか、全く――――どうして王国はこうも災難に見舞われるのか。隣国のミハイル連邦に少しおすそ分けしたいところですね」
「ハッハッハ、それは少佐――――我々がこの世界の絶対たらんとする存在に喧嘩を売っているからだろう?」
「おっしゃるとおりですね......、准将閣下」
「あぁだが少佐、そう悪い話ばかりでもない」
参謀次長の言葉に、ラインメタル少佐が地図から顔を上げる。
「ドラゴンは左翼をなんらかの原因によって大きく損傷しているようだ、対空機銃でもその部位には効果的だったと報告が来ている」
「それは朗報です、対空火器が効果的とそうでないとでは雲泥の差です」
もちろんだが、空を飛ぶドラゴンに徹甲弾など当たるわけがない。
対空火器が効くのであれば艦隊にも勝機があるというものだ。
"空を飛ぶ敵にも当たる砲弾"が王国に無いと言えば嘘だが。
「し、失礼します!」
部屋にまだ若い兵士が飛び込んできた。
ラインメタル少佐や参謀次長くらいになると、もう大方の報告内容は予想できた。
「と、トロイメライ市陥落......!! 地下に籠もった部隊によると、ドラゴンの圧倒的火力により同市は現在壊滅状態! 敵は旧トロイメライコロシアムに居座ったとのことです」
時間の問題だったのは明白であった、予想できた陥落の報せ。
だからこそここで嘆くのは自分たちの仕事ではない、即思考を巡らせた参謀次長は、ラインメタル少佐と正対した。
「事態は一刻を争う! 陸海の垣根を超えるぞ。東方方面軍を主体とした対ドラゴン統合任務部隊を編成する! 以下戦闘団名は『ドラゴンスレイヤー戦闘団』と呼称! ただちに反撃プランを練る!!」
阿鼻叫喚だった参謀本部が、一声により統率の取れた動きを取り戻した。
『ドラゴンスレイヤー戦闘団』。
竜殺しを目的とした王国始まって以来最大の戦闘団だった。
「そうだ少佐、最近忙しそうだったのであえて言っていなかったが――――――"例のもの"が完成している。おそらく今作戦で使えるだろう。ガレリア工廠に行くぞ」
「はっ!」
参謀次長とラインメタル少佐は、足早に退室。
軍の車に乗って王国の兵器開発を行うガレリア工廠へと足を運んだ。