第222話 祈るという行為
リーリスにより貫かれたセリカ母は、緊急で王国軍総合病院に搬送された。
かなり危険な状態で、現在は昏睡状態......。
全く予断を許さない状況だった。
こればかりは本人の生命力を祈るしかない。
「さて、我が大隊の基幹要員である君たちにはこれを話す義務があると感じて集まってもらった」
広報本部の喫茶エリア――――俺が初めて来たときに適正検査をしたここで、ラインメタル少佐は重々しく声を出した。
「エルドくん、セリカくん、オオミナトくん、ヘッケラー大尉、今から話すことは国家最重要機密と同レベルのものと思え。ルミナス広報官」
「はい、全てのドアと窓にカギを閉め、盗聴防止の魔法も張り巡らせました。防音も完璧です」
「よろしい、別室にて警戒待機」
「了解」
それだけ言い、ルミナス広報官は部屋を出ていってしまった。
レーヴァテイン大隊員以外には絶対に聞かせないつもりらしい。
「諸君、まずは先の迎撃戦――――ご苦労だった。ひとまず敵の撃退はなったが、全く予断を許さない状況と考えてもらいたい。まず現時点でなにか聞きたいことはあるかな?」
その言葉に、セリカだけが反応した。
「あの......、この話が終わったら病院に行かせてもらっていいでしょうか......」
「もちろんだともセリカくん、今日の残り仕事は僕の話だけだ。入院中の親御さんの側にいてやりたいのは重々承知している」
「すみません、ありがとうございます......」
「まぁそう焦ることもない、君のお母さんは必ず助かる。病院へはヘッケラー大尉に車で送ってもらうといい。他には?」
誰も手は挙げない。
つまり、話が進む合図だった。
「よろしい、では諸君に聞こう――――君たちはどういう状況で神に祈るかい?」
「神様ですか?」
オオミナトが口開く。
「あぁ神様だ、どんなシチュエーションでも構わん。忌憚なく言いたまえ」
「えっと......最近だと強敵に大技当てる時とかですかね? 命中不安なんでつい神頼みしちゃいます」
「ふむ、ではヘッケラー大尉は?」
「自分......でありますか? そうですね、やはり危険な作戦に行く前とかですかね? 生死の掛かったことだと神に祈ります」
フムフムと笑みを浮かべたまま頷く少佐。
「セリカくんは?」
「うーん......、わたしはこないだ亜人勇者と戦った時ですかね。後半ボコボコにされて死にかけた時は思わずアルナ様に祈りました」
「よろしい、では最後エルドくんだ」
とうとう俺の順番が来る。
まぁただの質問だろうし、普通に答えるか。
「魔王軍との戦いは命懸けですので、やはり戦闘中はちょくちょく神頼みしたりしますね」
っと言っても俺はトロイメライの戦いで女神アルナ像の上でライフルを構えていた罰当たり者なのだが。
「よろしい、全員の答えは出揃ったというわけだ。では結論から言わせてもらおう」
何気なく出された答え。
だが、俺たちは理不尽とも言える返答を浴びせられた。
「それら神への祈りの感情全ては――――"利敵行為"に該当する」
「「「「ッッッ!!???」」」」
全員がひっくり返りそうになった。
いや、オオミナトに関してはもう椅子から転げ落ちている。
汗を垂らしたヘッケラー大尉が、視線を少佐に向けた。
「ご説明いただけますでしょうか......、大隊長」
「よろしい」
ラインメタル少佐はゆっくりと辺りを歩き始めた。
「そもそも大尉、なぜ僕のような勇者と呼ばれる存在が生まれると思う?」
「魔王軍が......人類を攻めてくるからでしょうか?」
「相変わらず安定を求めた答えだが、まぁ半分正解といったところか。では質問を変えよう――――なぜ魔王軍が攻めてくると思う?」
「はっ、なぜと言われましても......領土や食料目的ですかね? あるいは本能から来る敵対意識でしょうか」
ニヤリと笑う少佐。
「我々人類の視点から見れば確かにそうだ、しかし大尉――――世の中には下請け業者というものがあるということを念頭に置いた方がいいぞ」
「下請け......? まさか!」
「あぁそのまさかだ、ここで僕から一つ謝罪をさせてもらいたい」
立ち止まった少佐は少しだけ頭を下げた。
「今回の一件は完全に僕の身内であり妹――――リーリス・ラインメタルが関与している。特に親御様に怪我をさせてしまったセリカくんには頭が上がらない」
「そんなっ......、顔を上げてください少佐!」
「すまないね、まさかあのバカ妹が向こう側にいたとは......」
段々と繋がってきた。
なぜ神に祈ると利敵行為なのか、そしてあのリーリスというラインメタル少佐の妹の言っていた言葉。
あの天使のような外見......、俺たちの敵は。
「少佐、以前あなたがおっしゃっていた殲滅すべき悪の権化、この世で最も忌むべきマーダーというのは......【女神アルナ様】のことなんですか?」
それはアルナ教の浸透した王国において、禁断の言葉だった。