第221話 エンシェント・ドラゴンVS航空自衛隊
月明かりの照らす雲上、穏やかな空に独特のエンジン音が響き渡る。
北海道へ向かう国籍不明機を捉えた空自のF−15J戦闘機が、高速で目標へ接近していたのだ。
『千歳コントロールよりイーグル01、国籍不明機の機種を送られたし』
F−15Jが目標と思しき影へ近づき、機種確認を行おうとする。
......が、雲に阻まれよく視認できずにいた。
レーダーの調子もイマイチで、妙な磁場の乱れが空域に散乱しているようだった。
『雲でよく見えない、影からして大型機の模様』
心なしか、通信に混じるノイズ量もパイロットは多いと感じた。
『了解した、当該機へ無線による警告を開始せよ』
英語、ロシア語、中国語で「この先は日本国の領空である、直ちに引き返せ」という旨の警告を再三送るも、進路は変わらず。
以前北海道方面に進んでいた。
『当該機の進路に変更は?』
『未だ確認できず』
『了解、警告を続行せよ』
この後、翼を振り「進めば撃墜する」と無線も合わせて警告するが、努力も虚しく遂に国籍不明機は日本の領空へと侵入。
パイロットにも焦りが出始めた。
日本はかつて、旧ソ連のMIG−25戦闘機に防空網を突破され、函館空港への強行着陸を許すという自衛隊発足以来最大と呼ばれる屈辱を味わっている。
そんな苦い過去もあり、三沢基地に置かれた北空SOCの決断は早かった。
『イーグル01、"警告射撃"を許可する』
『......千歳コントロールへ、もう一度繰り返してくれ』
ノイズが酷い、レーダーの調子も妙だ。
それでもパイロットはなんとか聞き取ろうと、無線にかじりつく。
『警告射撃を実施せよ、繰り返す、警告射撃を実施せよ』
『――――――ラジャー、警告射撃を行う』
国籍不明機は雲に紛れてイマイチよく見えない。
移動する影に当たりをつけ、1機がJM61ガトリング砲を1秒だけ発射した。
――――ブウ"ゥ"ゥ"ゥ"ゥ"ゥ"ゥ"ゥ"ゥ"ゥ"ン"――――
発射速度があまりにも速いので、射撃音が繋がって聞こえる。
夜空を引き裂き、曳光弾が雲に突っ込んだ。
引き返せ、さもなくば誘導に従えという警告の意。
だが、従うはずがなかった......。日本の領空へ入ってきたそれは、ロシア機でも中国機でもない――――もっと別次元の存在だったのだから。
警告射撃を行って数秒。
突如として雲の中から攻撃が飛んできたのだ。
『国籍不明機発砲!? ブレイク! ブレイクッ!!』
『機銃......!? いや、まるでレーザーだ!!』
"フレア"と呼ばれるミサイル回避用の熱源をばらまきながら、F−15Jはとっさに急旋回を行った。
燃料タンクも切り離し、空間を埋めるようなレーザーを全力で回避する。
だが......。
『くそッ!! こちらイーグル02被弾した! 繰り返す、被弾した!』
雲より姿を現したのは航空機ではない、神話に出てくるような漆黒の異形。
『こちら千歳コントロール! 被弾箇所は!?』
『左翼に損傷認む! 飛行に支障はないが油圧系統に異常あり! ......いや待て、あれは戦闘機なんかじゃない! ――――ドラゴンだ!!』
通信の内容に衝撃が広がる。
しかも、自衛隊戦闘機への攻撃。
これだけで、北空SOCは通常の国籍不明機ではないと確信した。
『イーグル02を退避させろ! 01は敵機を追尾! ただちに防衛大臣へ報告!!』
『支援機発進! 米軍にも緊急連絡せよ!!』
日本地図が大きく映されたモニタールームで、北部方面航空隊は完全に戦闘態勢へ移行。
既に攻撃を受けている緊急事態、正当防衛の名の下で状況は進んだ。
『支援機上がりました。三沢第3飛行隊よりヴァイパーゼロ2−1、千歳201よりクルセイダー03!』
『米軍機離陸! 第35運用群、第14飛行隊よりF−16CJが2機。コールサインはブラヴォー!』
応援が緊急発進。
そして、自衛隊初となる重い決断が下された。
『.....武器の使用を許可する』
『しかし!!』
『侵犯機は既に我々を攻撃している、このまま放っておけば札幌、函館、仙台、東京への爆撃すらありえる。時間がない――――落とせ』
空自初となる――――侵犯機へのミサイル攻撃命令だった。
『目標、内浦湾に侵入! 南へ降下しつつ増速中! 90秒以内に函館上空へ到達の見込み!』
ドラゴンの加速に、F−15Jは真後ろへ張り付きながらしっかりと追尾。
攻撃準備は完了していた。
雲の下――――内浦湾の向こうに函館市の夜景が伺えた。
もう時間は残されていない。
『千歳コントロールよりイーグル01、領空侵犯機を撃墜せよ。繰り返す、侵犯機を撃墜せよ』
『......ラジャー、侵犯機を撃墜する』
レーダーをその怪物に向け照射、目標を完全に捕捉した。
HUD越しに見るそれは本当にドラゴンに似ており、魔法陣のような幾何学模様の円からレーザーを発射している。
パイロットは、ここが本当に現実世界かと疑うほどだった。
もしこいつが街を、基地を攻撃してくるのだとしたら、猶予など存在しないも同然。
「イーグル01――――ミサイル発射!」
悪夢を終わらせる、そんな想いも込めたパイロットは空対空ミサイルを発射。
AAM−4、またの名を"99式中距離空対空誘導弾"がドラゴンへ飛翔。
炸裂したミサイルは、ドラゴンへ命中。
左翼に少なくないダメージを与えた。
『ガアアアアアアァァァァァァァァァッ!!』
ドラゴンの高度が下がる。
コックピット内にまでこだます咆哮で手応えを掴む、これが他国の生物兵器なのだとして知ったことではない。
日本の領空を侵し、自衛隊機へ攻撃した相応の報いだと、F−15Jはさらにもう1発のAAM−4を発射した。
弾着すればトドメの一撃になるだろう。
そのはずだった......。
『っ!? レーダーに異常!』
なんと、いきなりドラゴンとミサイルの位置情報が狂い出したのだ。
ノイズが走り、武器管制システムも動作不良を起こす。
すぐさま離脱しようとした戦闘機のパイロットは、ドラゴンが夜空に突然現れた光に消えた瞬間を見た。
『国籍不明機......レーダーからロスト、ミサイル自爆』
『こちら千歳コントロール、目標はどうなった!?』
『消えた......、ドラゴンが目の前で光に吸い込まれたんだ......。至急支持を乞う!』
これを聞いていた北空SOCも、混乱が隠せなかった。
『国籍不明機が......消えた!?』
『っ......! イーグル01を帰投、ヴァイパーゼロとクルセイダーも帰投させろ。米軍にも連絡だ』
この後、内浦湾とその周辺を自衛隊が秘密裏に捜索するも、出てきたのはミサイルの残骸が2発分のみであり、国籍不明機の残骸は欠片も出てこなかった。
日本政府および自衛隊は、これを一部の中央幕僚と議員のみが知る極秘機密として処理。
また外交ルートを通じて中国、ロシアなど周辺各国への確認が行われたが関与したとされる国はいなかった......。
そして、光へ消えたドラゴンは左翼を損傷しながらも故郷の空を飛んでいた。
――――アルト・ストラトス王国 トロイメライ市より海上70キロ。
勇者が魔王を倒して数年の月日が経ち、ウォストピアが王国軍によって陥落――――天使リーリス・ラインメタルが王都に襲撃したのと同時期のことであった。
"灯台"に導かれたドラゴンはゆっくりと空を飛ぶ。
周囲にはラッパのような音が大きく響いていた。