第219話 自由意思を放棄した者
「なっ......!?」
全く見えない速度で、リーリスが放った剣はセリカ母の身体を貫いたのだ。
あまりにも冷たく、あまりにも冷徹な攻撃――――崩れ落ちた母親にセリカが駆け寄った。
「お母さん!! お母さんッ!!」
必死に呼びかけるも、返事はない。
気を失ったのか......まさかそれとも!?
「しぶといヤツ、虫の息だけどまだ生きてるみたい。大丈夫――――今すぐ楽にしてあげるわ」
そう言ったリーリスが、さらに追加で剣を出現させる。
トドメのつもりか? ざけんなっ! 少佐の妹だかなんだか知んねえが。
「これ以上好き勝手すんじゃねぇッ!!!」
足元に転がっていた瓦礫を思い切り蹴り飛ばす。
高速で飛翔したそれは、リーリスに命中した瞬間、『炸裂魔法』によって大きく爆発した。
「セリカくん! 衛生兵! 今のうちに負傷者を後方に下げろッ!!」
ラインメタル少佐の素早い指示によって、セリカと衛生兵が瀕死のセリカ母をここから遠ざける。
大丈夫、きっと助かる......! 心の中で祈りつつ俺は晴れゆく黒煙を見つめた。
「キャッハハハ!! たった1人の人間の命に随分必死になるじゃない、放っておけば勝手に繁殖する生物のくせに――――あなたたちの作った現代の倫理感って非効率の極みなのね」
無傷のリーリスは俺たちを嘲笑していた。
「こ、のぉ......ッ!!」
隣にいたオオミナトの表情に激昂が宿った。
「あとは、今母親を担いでいった茶髪のスコップ女を消せば――――お兄ちゃんも思い知るかな?」
確信する。
このリーリスという少女は、何かしらで違えてしまった少佐に報復しようとしているのだ。
本人の目の前で......部下と守るべき国民を殺すことによって。
刹那、凄まじい風が吹き荒れた。
「セリカさんに、手は出させません!!」
瞳と髪を銀色に染めたオオミナトが、怒りに任せて石畳を蹴った。
凄まじい速度だ、これなら破壊力抜群のパンチも決まっただろう。
「下がれ!! オオミナトくんッ!!!」
拳銃に弾を込めた少佐が静止する。
だが――――――
「凄いスピード、でも......触るまでもないか」
「なにを言って......ッ!!?」
オオミナトがリーリスを殴ろうとした時、真下の地面がボコリと隆起した。
それは一気に突き上がり、槍のように岩の塊がオオミナトの腹部へめり込んだ。
「ガハッ......! あッ......!?」
突然内蔵を潰されたオオミナトの拳はゆっくりと下がった。
口から血を吐き出し、銀色だった髪と瞳が元に戻る。
崩れ落ちようとしたオオミナトの黒髪をリーリスが掴んだ。
「あら、『風神竜の衣』じゃなくなっちゃった? 主の意図しなかった転生者ならもう少し粘ると思ったんだけど......」
口元からこぼれるオオミナトの血を、リーリスはペロリと舐めた。
「ッゥ......!!」
「異世界人のくせによくこの国に馴染めたわね? まぁ――――もうあなた死ぬから関係ないか」
左手に剣を出現させるリーリス。
だが、オオミナトの闘志は全く消えていなかった。
無抵抗に見せかけていた両手でリーリスの胸ぐらを掴むと、渾身の膝蹴りをお見舞いしたのだ。
「なッ!?」
「さっきのお返し――――よッ!!」
リーリスが離れた瞬間、オオミナトは風属性魔法の『ウインド・インパクト』を放つ。
凄まじい追撃により、ようやく隙が生まれた。
「オオミナトくん! 横に飛べ!!」
少佐の前にアサルトライフルを構えた小隊がズラリと並ぶ。
彼女の回避を確認した少佐は、手を降ろした。
「撃てッ!!」
――――ダダダダダダダダダダダンッ――――!!
大量の7.92ミリ弾が、一切の容赦なくリーリスを襲った。
天使のような翼は引き裂かれ、華奢な体に無数の風穴が空く。
血を大量に流したリーリスは――――――
「ッ!?」
それでもなお倒れなかった。
否、傷口がドンドン塞がっていくではないか。
「醜い姿だな我が妹よ......、自由意志を捨て人間であることをやめるとは。やはりお前はとんだ兄不幸者だ」
「キャッハッハッハ! 家族を捨てて国家の犬に成り下がったお兄ちゃんがよく言うじゃない。わたしは全てを主に捧げた! お前ら人間にドラゴンは絶対倒せない! 屈服してせいぜい祈ることね!」
リーリスの全身に金色の魔力が溢れた。
ちぎれていた翼が元通りになり、上空高くへ飛翔する。
「兄共々消えろッ! レーヴァテイン!!!」
遥か上空から極太のレーザーが撃ち落とされる。
ウォストピアの亜人勇者と同じ技――――だが出力は桁違いだ。
「エルドくん!!」
「了解ッ!!」
ラインメタル少佐と俺は巨大な防御魔法を展開。
リーリスの放ったレーザーを真っ向から受け止めた。
「息を合わせるぞ! 失敗したら王都ごと灰になると思えッ!!」
「了解!! 三、ニ......一!!」
ありったけの力を込める。
「「今ッ!!!」」
防御魔法ごと押し返されたレーザーは、上空高くに到達すると爆発。
まばゆい光と共にまだ残っていた周囲の雲が吹き飛んだ。
リーリスにはおそらく逃げられただろう
もっとも、あんな不死身紛いの能力があるんじゃ勝機は薄かったが......。
リーリスが消えた後も、不気味なラッパの音はしばらく鳴り続けた。
その場の誰もが理解する、真の敵は――――魔王軍のさらに後ろにいたのだと。
そして、人間とドラゴンとの戦争が始まったのだ。




