第213話 子の成長は目を離せば刹那である
雪の日の王都は、どこか賑やかさと同時に神秘的な静寂を感じさせる。
ひとしきり心の距離を縮めるための会話をした俺とセリカ母は、噴水広場の前で突っ立っていた。
別に疲れたというわけではない、するべき話をするためのベストポジションを見つけたという感じだ。
「なるほど、セリカはその頃からもうミリヲタだったわけですか」
軍服のポケットに手を入れながら、俺はちょっと昔のセリカの話を聞いて和やかに微笑む。
「そうなんですよ、セリカったら『この本にある長い銃をいつか撃つんだー』って意気込んでて。今じゃバカスカ撃ってるんですよね?」
「はい、レーヴァテイン大隊は最新の武器が渡されるので彼女は毎日嬉しそうにしてますよ」
本当は銃よりエンピの方が勝率良いとは言えないので、それとなく誤魔化す。
「本当ですか、いやぁでも――――話しててなんだか安心しました.....」
「えっ、なにがです?」
「セリカのこと、こんな優しい人がいる部隊なら......もう少し預けていていいかな......なんて思ったり」
「優しいというより......、俺としても趣味友が辞めてしまうのはやはり寂しいものでして。それで今回スチュアートさんにお話をと」
白い雪が肩に積もる。
「いえ、その想いがあるからこそ......貴方が仕事としてではなく、本音でセリカを大切にしているんだなというのがわかったんです。それなのに......今すぐ辞めろだなんて......セリカには本当に悪いことを言いました」
俺はセリカ母の肩を掴んだ。
振り向いた時の外見がまんま大人びたセリカのようで一瞬躊躇するが、すぐに息を吸い込む。
「親としてそれは当然の想いです、きっとセリカも......親御さんからの本当の愛を感じたからこそあんな辞表を書いてきたんです! 貴方は間違ってない、だけど信じてほしいんです! 我々レーヴァテイン大隊を――――そして」
荒れた息でその名を口に出す
「セリカを! あいつは確かに危険な任務を負っています! だけどそれは彼女が国を、家族を――――守りたいからこそ選んだ道なんです!」
あいつはいつだって最前線で戦っている。
ウォストピアでの勇者との戦闘だって、セリカが命懸けで時間稼ぎをしてくれなきゃ俺も少佐もヤツを倒せてなかった。
それだけあいつは誰かのために、誰かのためだけを想って戦っている。
彼女の自由意志を俺は尊重したい! きっとその想いは誰であっても邪魔してはいけないんだ。
驚き固まっていたセリカ母の表情がガラスのように砕けた。
「ウッ......グス、あの子は......あの子はもうそんなところまで成長したんですね」
泣き崩れるセリカ母。
「ほんっと......、子供っていうのはちょっと目を離したらすぐ大人になっちゃうんですね。それに......」
涙に濡れた顔が上げられる。
「こんな素敵な友達まで作って......、そうよね、あの子はもう立派に育ったわ。わたしがお節介焼かなくても全然平気なくらい」
立ち上がるセリカ母の顔は、さっきまでと違いキッとしていた。
どうやら、この人もまたセリカと同様――――壁を超えたようだ。
「ありがとうございました、エルドさん。セリカには今朝のこと......忘れるよう伝えておいてくれませんか?」
「......わかりました、必ず伝えておきます」
お互い笑顔を向け合い、さぁ帰ろうとした時だった――――――
――――ウ"ウ"ゥ"ゥ"ウ"ウ"ウ"ウ"ウ"ウ"ゥ"ゥ"ゥ"ウ"ウ"ウ"ウウウウ"ン"!!――――
「なにッ!?」
それは、長らく鳴っていなかった空襲警報だった。
けたたましく鳴り響くそれは、王都全体に大音量でこだました。
同時に、建物の向こうから巨大な炸裂音が響く。
対空砲火だ! 88ミリ高射砲が曇天目掛けて次々と放たれている。
「伏せてッ!!」
俺はセリカ母を押し倒すようにかぶさると、すかさず防御魔法を展開した。
高射砲弾というのは、設定した高度や信管で炸裂するタイプが多い。
こうして街上空に撃っている以上、その砲弾の破片が音速で地上へ降ってくるのは必然だ。
群衆がパニックになる中、たまたま近くにいた冒険者たちも防御魔法を使って市民を守っている。
ふと上空を見上げると、曳火砲弾の炸裂をかいくぐるように黒い点が近づいてきた。
直感で確信する――――こいつが空襲警報の元凶だと。
広場へ着陸したそいつは真っ黒な鱗に覆われており、漆黒の翼を大きく広げて咆哮を上げた。
「俺の後ろへ!!」
武器を持たない俺はせめてもの抵抗で防御魔法を展開した。