第211話 セリカの母
車を降りた俺は、ある一軒家の前でドアをノックしていた。
群衆を振り切った俺とラインメタル少佐は、やっとの思いでセリカの実家へたどり着いたのだ。
「はい......あら?」
中から30代と思しき女性が出てくる。
整った茶髪が印象的な、とても若く見える顔立ちだ。
「軍の制服......軍人さんがどんなご用でしょうか?」
「始めましてスチュアートさん、我々は娘さんと同じ隊の者です。本日は突然の訪問をお許しください」
「いえいえ構いませんよ、それより娘のセリカがなにかしたのでしょうか......?」
とても物腰の柔らかい方だ。
不安げにこちらを見つめるセリカ母へ、ラインメタル少佐は優しく微笑えむ。
「いえ、娘さんに限ってそのようなことはありません。強いて言えば......今日突然軍を辞めたいと言ってきたことくらいです」
「あぁ......やっぱりですか」
「やっぱり?」
意味深な言葉に、思わず尋ねてしまう。
「いえ......、朝にたまたま会ったとき、ついお節介をしてしまったのを思い出しまして」
「その件はセリカから伺っています、親御さんとしては当然の想いです」
最愛の娘がボロボロで帰ってきたのだ。
親として心配しない方がおかしい、流れとしては出会ったセリカに感情的になってつい本音を漏らしたというところだろうか。
そして、真面目なセリカは親を想って速攻で辞表を書いたと。
なんとも短絡的な流れではあるが、ほぼほぼ合ってると見て間違いない。
「あの子は大事な一人娘でして......王国軍が今大変なことは理解してるんですが、傷だらけのあの子を見た瞬間頭が真っ白になって......」
「つい心配が表に出てしまったと......」
「はい、夫が病で倒れた今――――あの子まで失うと思うと気が気でなくなったんです」
理解した。
この人は今までの自称平和主義者のように思想で俺たちを否定しているんじゃない、純粋に子を想う気持ちで娘を戦場から遠ざけたかったのだ。
「セリカは......なんと言ってましたか?」
「軍にまだいたいと......親御さんの意志と本心の板挟みに苦しんでいました」
「そうですか......」
こうなると余計厄介だ。
こちらとしてはセリカの意志を尊重するために来たのに、親御さんにこんな態度を取られると逆に話を進めづらい。
さてどうしたもんだかと悶着していると、ラインメタル少佐が雪を降らす上空の曇天を見つめた。
「今日は寒いですが、落ち着いて散歩をするのにはちょうどいいかもしれません。ここは1つ――――互いの意志を理解し合うために外を歩くというのはどうでしょう?」
セリカ母が戸惑いながらも、ゆっくり首を縦に振ることで膠着状態が消え去る。
なるほど、こんな玄関先で問答していても時間がかかるだけだ。
さすが少佐と思った矢先、俺の肩に手が置かれる。
「っというわけだエルドくん、雪で転ばないよう親御さんをしっかりエスコートしてくれたまえ」
思わず振り向く。
「えっ、いや......少佐も来るんじゃ――――」
「あいにく僕はこれから参謀本部だ、なぁに我が大隊の精鋭である君ならつつがなくこなしてくれるだろう?」
「まさか......全て俺に押し付けるんですか?」
「押し付けるだなんて言い方が悪い、"全権委任"したと言ってくれたまえ」
「いや変わらないですよ......」
車に乗って参謀本部へスタコラサッサと行ってしまう少佐を見送った俺は、心中でクソッタレと叫びながらセリカ母に説得を開始した。