第210話 灯台
――――竜王国城跡地。
ここは、ウォストピアよりさらに西方にある、かつて栄えた竜たちの国の名残の地......。
神秘的な建造物が残されたここで、青空の下――――1騎のワイバーンが廃れた石床の上に降り立った。
「まさかあなた方がいらっしゃるとは......」
リーリスの命令で竜王国城跡地を訪れたアーク第2級将軍は、2人の吸血鬼を前に唾を呑んだ。
「早かったわねアーク将軍、勇者の魂は持ってきた?」
振り向いたのは、桃色の髪をした魔王軍最高幹部エルミナ。
最近は戦時食糧庁長官も務める少女だった。
「はっ! アーク第2級将軍、リーリス様の命により馳せ参じました! 勇者の魂というのは......この金色の魔力のことでしょうか?」
「そう、わたしたちはこれから古の王者――――エンシェント・ドラゴンを召喚する。勇者の力はそのための道具」
遺跡の影から、同じく最高幹部でありエルミナの姉であるアルミナが出てくる。
この2人が派遣されているということは、やはり魔王軍としても本気なのだろうと感じさせられた。
「侵攻を続けている連合軍を止めるには、この古代の王を現代に甦らせる必要があるわ。さぁ......さっそく召喚の儀式を始めましょう」
アーク将軍の手から金色の魔力が離れる。
「お2人も......リーリス様に命じられてここへ?」
エルミナが答える。
「そうよ、成熟した勇者の力をこの歪多き地で解き放てば、各世界線へ散ったドラゴンを呼ぶ灯台となるらしいわ」
「つまり......もはや我々魔王軍単独では連合軍を打ち倒せないと......?」
「そうよ、残念ながらね」
金色の魔力が空へ昇った。
やがてオーロラのようにそれが広がると、どこからともなく巨大な重低音が響き渡った。
まるで、遥か天空で鐘を鳴らしているような。
「リーリスは言ったわ! "終焉のラッパ"が鳴りし時こそ召喚の好機と! そしてアーク将軍」
「はっ、はい!」
あまりの音の大きさに頭痛がしていたアーク将軍は、姿勢を正す。
なにかが起こる......将軍として、それを見届けねばという使命感が湧いた。
「灯台に火を置くには......土台が必要よね?」
「はっ......?」
「じゃあ――――――」
アーク将軍の目が見開いた。
驚きと恐怖の混じった表情は、ゆっくりと下を向く。
彼は見たのだ......自分の胸が氷の槍に貫かれる瞬間を。
「あぁっ!? アアァァァアアアアアアアッ!!?」
絶叫するアーク将軍。
返り血を浴びたアルミナが、無表情で槍に刺さった将軍を持ち上げる。
「悪く思わないで将軍、これは偉大な仕事......ドラゴン召喚の人柱という光栄な役目」
「いっ、嫌だ......! アルミナ様! なぜ......!」
金色の魔力がアーク将軍の体へ流れ込んだ。
「あなたたちの無能ぶりにはもう呆れた、せめて生贄となることで魔王軍に奉仕しなさい」
「あっ.....ああああああああああ!!!!!!」
人型だったアーク将軍から、血に塗れた翼が生える。
腕は筋肉で覆われ、着飾っていた鎧が砕け散った。
「驚いた......、まるで竜人ね」
赤い鱗に覆われるアーク将軍。
その瞳は金色に輝いていた。
凄まじい熱で氷槍が溶けて消える。
「行きなさい"灯台"よ! 第1のラッパを鳴らし、黙示録を大陸に顕現させなさい!!」
任務は果たした、後はエルミナを連れて亡命の最終準備をするだけだとアルミナは息をつく。
だが、竜人化したアーク将軍は動かずアルミナを見ていた。
「な、なに......? 早く灯台としての――――――」
言いかけたアルミナの言葉は、耳をつんざく叫び声に阻まれた。
「ガアアアアアァァアアアアアアアッ!!!!」
魔力がアーク将軍へ集中する。
「マズい!!」
危機を察したアルミナは、エルミナを連れて遺跡の影へ飛び込んだ。
瞬間――――――巨大な爆発が竜王国城跡地を吹き飛ばした。
やがてキノコ雲から現れたのは、"巨大な血に濡れた十字架"。
それはまるで灯台のように光を放つ。
全てが収まった後、"灯台"の根本より1体の竜人が東へ飛び立った。