第207話 ポーカーフェイス
「辞表って......どういうことですかセリカさん!?」
オオミナトの問いに、うつむいていたセリカがゆっくり顔を上げた。
「もう......嫌なんです」
「嫌......?」
「戦うのが、怪我をするのがもう嫌なんです!」
机を叩くセリカ。
戦うのが嫌......?
あれだけ最前線で、怪我など本望と言わんばかりに突っ込んでいたアイツが?
にわかには信じられない言動。
ウォーモンガーにあるまじき言葉だ。
「セリカくん、1つだけ聞こう。――――――その辞めたいという意志は......君の本心か?」
少佐の顔はこれまで見た中で一番真剣だった。
「......はい! もう怪我をするのはこりごりです! 痛い思いはもうたくさんなんです! 死にたくないんです!」
「そうか、わかった――――」
瞬間、少佐は席から消えていた。
「なっ!?」
そして、セリカが奥の壁に首から押し付けられるのが同時だった。
「ガハッ!?」
「嘘も大概にしたまえセリカ・スチュアート1士、君程度の年頃の子供が......本気で俺を騙せると思ってたのか? ポーカーフェイスに自信ありと踏んだようだがとんだ勘違いだ」
セリカの細い首を腕でさらに壁へ押し付ける。
「ちょっ、少佐! それじゃセリカさんが......!」
止めようとしたオオミナトを、俺が静止する。
「エルドさん!?」
「手を出すなオオミナト、ここは......少佐に任せろ」
歯を食いしばるが、賢い彼女はすぐに身を引く。
その間も、セリカは叫んでいた。
「少佐に貰った恩はもう十分返しました! わたしはこれ以上......この大隊にいたくないんです! 王国軍なんて大嫌いなんです!!!」
「だったら行動で示してみるがいい、やってみろセリカ・スチュアート1士」
首から腕を離す少佐。
咳き込むセリカの前へ、少佐はゴトリと弾の入っていない拳銃を落とした。
「踏んでみたまえ」
「ッ......!?」
それは前に、セリカが「新型だー!」とはしゃいでいた物。
彼女は恐る恐る半長靴でそれを踏んだ。
「次はこれだ」
部屋に立て掛けてあったアサルトライフルを、重ねるように放り投げる。
「踏んでみろ」
「ッ......!!」
一瞬歯を食いしばったセリカは、思い切り銃を蹴った。
既に彼女の息は荒いが、お構いなしにラインメタル少佐は机の引き出しから1枚の写真を持ってきた。
床に落とされたそれを見て、セリカが後ずさる。
のぞきこんだ俺の額から汗がにじみ出た。
それは、レンジャー徽章をセリカが取った当日と思われる写真。
徽章を手に泥だらけながらも晴れやかな笑顔のセリカと、ニッコリと微笑むラインメタル少佐との記念写真だったのだ。
「嫌いになったんだろ? 踏んでみたまえよ」
「グ......ッ!」
さらに後ずさり壁にぶつかるセリカ。
これはおそらく少佐がセリカをレーヴァテイン大隊に迎えた日の写真、こんなの......。
「こんなの......」
膝から崩れ落ちたセリカは、その瞳からボロボロと涙をこぼした。
「踏めるわけないじゃないですかぁ〜ッ!!」
初めて彼女が年相応に泣きじゃくる姿を見せた。
写真を拾った少佐は、大泣きするセリカへ近づき――――目線が一緒になるようしゃがむ。
「嫌いになった......なんて、誰も得しない嘘はつかないでくれたまえ。僕も悪かったセリカくん......、踏み絵のようなことをさせてしまって」
「えぐっ......! うぅッ......!」
少佐の読みどおり、セリカの辞職願いは本心ではなかったらしい。
一連の流れには驚いたが、どうにか場は収集されつつある。
「セリカさん、なんであんな嘘をついたんですか......?」
かがんだオオミナトが、泣いているセリカの頭を撫でながら聞く。
「ぐす......、親が......」
「親?」
思わず聞き返す。
「親に......王国軍なんて危険な仕事もう辞めろって......、言われたんです......」
セリカじゃちょっと少佐にはポーカーフェイスで勝てないですね