第202話 勇者の最期
「なぜ......、なぜなんですか神様」
体に風穴をあけられた亜人勇者が、怒りとも失望とも呼べる声でつぶやいた。
己が力が一歩及ばなかったことへの八つ当たりだろうか、そんな彼女をラインメタル少佐が見下ろす。
「愚かなるマーダーの信徒となり、亜人とはいえ人間が持つべき自由意志を放棄したんだ。君がいくら魔力を上げたところで我々には勝てんよ」
柱に身を隠していたセリカが、ミクラさんに肩を借りてこちらへやってくる。
「わたしは......! わたしは確かに主の姿を見たんだ。主のお導きに従い、主の絶対たる力を纏い、お前ら人間を倒せるはずだったのに......!!」
「それが君の敗北した理由だと言っている。愚かなる傀儡と成り果てた君は確かに強かった、だが勇者というのは......世の中に2人もいらないのが世の常だ」
「そん......な......、じゃあわたしの祈りは! わたしの怒りと恨みはいったいどうなる!? なにもかもを奪われたわたしの悲しみはいったいどこで......ゲホッ!」
口から血を吐き出す勇者。
傷からは大量に出血している。
もうあと5分ともたないだろう。
苦しみ嗚咽する亜人勇者へ、少佐はゆっくりと拳銃を向けた。
「同情ではないが、同じ勇者だったよしみだ。せめて苦しまないようにはしてやりたい」
「はあっ......はあっ! がはっ!」
「......最後に言い残したいことも一応聞いておく、君は立派に戦った。おそらく君が我々連合軍に出した被害はこれまでで最大だ。その覚悟と勇気に敬意を払っている」
一瞬両目を閉じる勇者。
「敬意......? 勇気と覚悟? あっははは......、そんなの、そんなの――――」
ギョロリと開いた少女の瞳が、金色に染まっていた。
『我が信徒であれば当然であろう、裏切り者ジーク・ラインメタルよ』
「ッ!!??」
溢れ出る魔力。
今のは、さっきまでの亜人じゃねえ......!
誰か別、いやもっと禍々しい"何か"が代弁したかのような。
「ぐぶっ!?」
おぞましい笑みを浮かべていた亜人勇者の胸を、少佐が床ごと踏み砕く。
「女神アルナ......、やはり貴様は――――――」
まだ残っていたマガジンを放り捨て、少佐は予備のマガジンを9ミリ拳銃へ突き刺す。
「殲滅すべき悪の権化だッ!!」
――――ダァンダァンダァンダァンダァンダァンダァンッッ――――!!!
亜人勇者の顔が徹底的に弾丸で貫かれる。
溢れていた魔力は消え失せ、亜人勇者は静かに息を引き取った。
「はぁ......はあっ、いつだって動乱の影にはヤツがいる......」
拳銃をしまう少佐は、ひどく疲れている様子だった。
「これが戦争だ諸君、神の奇跡や英雄伝説など戦場にあってなんの価値も生み出さない。ただ勇者が勇者を射殺した......それだけの光景だ」
「少佐......」
「みんなには話してないが、実は僕には妹がいてね。今は行方不明になっているんだがつい重ねてしまいそうだ」
亜人勇者の年齢は、おそらくセリカより下だっただろう。
これが戦場、これが現実なのか。
俺たちがなんとも言えぬ空気に包まれた瞬間、天井と共にそのムードは粉砕された。
降りゆく瓦礫に混じって、ローブを着た小柄な人間が降り立ったのだ。
「感謝します勇者パーティー、あなたたちのおかげで、主の与えられし魂は最高の状態にまで練り上げられました」
声からして少女だった。
ローブの少女は手を亜人勇者へかざすと、彼女の体からなにか光る球を取り出したのだ。
「誰何ッ!!」
思わず誰何するが、俺達に戦える武器はもはやほとんどない。
最悪エンピでぶん殴るか......?
「わたしの名前はリーリス。それ以上の情報を教える義務はありません、最上位勇者魂は手に入りました、なのでこれで失礼します。......強いて言うなら」
ローブの少女は、一瞬だけラインメタル少佐を一瞥した
「久しぶり......お兄ちゃん。また近いうちに」
天使のような羽を背中から生やした少女は、光る球体を持って天井から凄まじい速さで飛んでいってしまった。
数日後――――首都を制圧されたウォストピアは無条件降伏を承諾。
連合軍はウォストピアを遂に制圧した。