第199話 セリカとジーク
今回はセリカと少佐の出会いを簡潔に1話だけ語ります。
数年前――――魔法王国アルト・ストラトス。
ここはかつて魔王によって滅ぼされかけたが、勇者と呼ばれた1人の冒険者が魔王を倒すことによって平和を手に入れた国。
そんな生い立ちもあってか、勇者が一時だけでも所属したことのあるギルドは非公式に"上位ギルド"と呼ばれ、優遇を受けられる。
しかし、そのような大ギルドでもてっぺんがいれば"底辺"もいる。
弱肉強食の世界は、ここでもしっかり反映されていた。
「お前は解雇だ、セリカ・スチュアート」
ある昼過ぎ、上位ギルド【アルナソード】の王都本部内で、強面をした男がナイフの手入れをしていた少女を睨む。
「......は?」
突然のことに、このギルドで近接職を務めるセリカ・スチュアートは目を丸くした。
周りの冒険者は、その様子を心配するどころかショーを見るような目で眺めている。
「お前は雑用もオトリも一通りこなせるが、それじゃあ上位ギルドの称号を持つこの【アルナソード】には不適格! 才能なしのボンクラに払う報酬は無えって話だよ」
ギルドのナンバー2である上位剣士職のフィフスが、わたしへ唾を飛ばしながら叫んできた。
「えっ......!? いやいや! いきなり言われても困るッスよフィフスさん、わたし明日からどうやって食ってけば良いんですか!?」
「乞食でもやりゃいいだろ、それかソロでクエストにでも行くか? まっ――――――中途半端な剣士にはどっちみち無理だろうがな」
ソロでクエストなど、死んでこいと言ってるようなものだった。
パーティー戦術が基本なのに、1人で戦ったら瞬殺されるに決まってる。
「あっ!?」
フィフスはわたしのナイフを取り上げると、腕を掴んで無理矢理外へ引っ張り出した。
強制退去というやつだ。
「わたし食いっぱぐれたくないですッ! 雑用でも囮でもこき使ってくれて構わないので、せめて追放だけは......!!」
ようやく手に入れた安住の地――――
家族を安心させられる唯一の希望が消えていく......!
「そういうのは、パーティーの火力になる魔導士にでもなってから言うんだなッ!」
「あぐッ!?」
正門から大通りへ投げ出されると、そこには丁寧にまとめられたわたしの荷が全て置いてあった。
こうなることは最初から決まってたんだろう。
「いくら剣士職とはいえ、お前の弱すぎる剣じゃなんの役にも立たねえよ。この役立たずが......! 剣士スキルだけ見て採用したのが間違いだったぜ」
フィフスはそう吐き捨てると、ギルド内へ戻ってしまった。
静寂と荷物、無職になったセリカだけがその場に残された。
お父さんもお母さんも、わたしが上位ギルドに入れたと言ったら喜んでくれたっけ......。
安定職を追放されて、この後どうやって生きてけばいいんだろう。
「お腹減ったなぁ......」
雨粒がわたしの頬に落ちた。
どうも放心していたらしく、情けないことにずぶ濡れとなって初めて雨に気がつけた。
しばらくして、声が掛けられる。
「――――ん? お嬢さん、【アルナソード】の前でどうしたんだい? そんなずぶ濡れだと体調を崩しかねないぞ」
ボーッと座り込んでいたわたしの近くへ、レインコートを着た金髪メガネの男が歩いてきた。
高身長で、ルックスも良さそうだ。
「ずぶ濡れなのはあなたも同じじゃないですか、救えないなら......ほっといてください」
こんな男になにができるんだと問答する。
どうせあと数日で餓死する運命、健康なんてどうでもよくなっていた。
「いや――――僕はこれまであらゆる者を救ってきた、そしてこれからも救う。当然君も例外じゃない――――自分を捨てた連中に復讐がしたいのかい?」
顔も見てないのに、男が笑ったような気がした。
なぜギルドを追放されたと知っている? 疑問に思ったセリカは、すっかり濡れてしまった自分の荷を見てなるほどと嘆息した。
名門ギルドの前で散らばる私物、ビショビショになった少女という状況なら容易に察しなどつくんだろう。
そうセリカは納得することにした。
「復讐、報復、今君に提示できるものはいくつかあるが――――君はどうしたいんだい?」
男は囁く、まるで悪魔のように。
ただ、上位ギルドを前にしてはどれもが不可能と思わざるをえない。
「転職先の紹介は......まあ無いか。オススメできるといっても1つだけだし、やっぱりここは復讐かな?」
グチョグチョになった服の裾をグッと握る。
悔しさ、怒り――――そのどちらでもない。
わたしは立ち上がって男の肩を掴むと、涙声で助けを求めた。
「復讐とか仕返しなんてどうでもいいから......!! そんなのよりお仕事が欲しいんですッ!! このままじゃ実家になんて帰れないし、お腹空いてもう死にそうなんですよぉッ!!!」
「フッ.........アッハッハッハッハ!! なんて素直過ぎる叫びだ! 良いだろう、お前の望み――――この"ジーク・ラインメタル"が持ってきてやる!!」
名前を聞いたセリカは、思わず掴んでいた肩を離してしまう。
ジーク・ラインメタル......それは、かつて魔王を倒した勇者本人の名だったからだ。
――――――それが、わたし......後に王国軍人となるセリカ・スチュアートと未来の上官、レーヴァティン大隊長ジーク・ラインメタル少佐の出会いだった。
わたしは、あの人から受けた恩をいつか必ず返す。
必要なのは剣じゃなくてエンピだったんですね〜