第194話 目覚めし恩寵
「おいおい見ろよ、子供の亜人が剣持ってるぜ」
おそらく連邦語だろう、サーニャの前に展開した連邦軍兵士は銃を向けたまま喋っている。
あいつらの攻撃方法はよく知らないが、この間合いなら十分勝機はある。
仕掛けるなら今しかない......!
思い切り地を蹴ったサーニャは、一番偉そうな将校へ向けて突っ走った。
「だああああぁっ!!」
数歩駆け出した時、分隊長の連邦兵は拳銃を取り出し――――
――――パァンッ――――
「ぐあ......ッ!!?」
右肩を撃ち抜かれたサーニャは、そのまま地面を転がった。
持っていた剣がカラカラと滑る。
人生で初めて彼女は撃たれたのだ。
「おいおいガキが、若くして戦士気取りたぁ......度胸だけはあんじゃねえかよ!!」
「ゲフッ!?」
腹を思い切り蹴られたサーニャは、呼吸すら困難な痛みに喘ぐ。
「ウォストピアは子供も動員してるらしいが、まさかこんなガキで戦車付きの歩兵分隊を倒せると思ってたとは......。つくづく舐めた連中だ」
分隊長は、部下にサーニャを両脇から支え無理やり立たせると、彼女の腹部にサブマシンガンのストックを叩きつけた。
ミシリ......と鈍い音を立ててめり込む
「がっ......!?」
口元から垂れた血が上着やショートパンツを濡らした。
それでも、彼女の目から闘志は消えない。
「わた......しは......、負けない......」
「くっせぇな、ガキってのはすぐ英雄だの勇者だのに憧れやがる。戦場ってのはなぁッ!!」
「ガフッ!!」
体中を殴打する。
「イキった勇者気取りのガキから!!」
「ぐはっ!?」
何度も何度もストックをサーニャのみぞおちへ叩きつけた。
「こうやって!!」
「がはっ......!?」
鍛え抜いた足で膝蹴りを繰り出すと、分隊長は拳銃を向けた。
「死んでくんだよぉ!!」
――――パァンパァンパァンッ――――!!!
「あ......ッ!?」
銃弾が彼女の華奢な体を撃ち抜く。
膝から崩れ落ちるサーニャ。
彼女にもう抵抗する力は残っていなかった。
「チッ! 亜人ってのはタフなもんだ。じゃあ耐えたお前にいいもん見せてやるよ」
分隊長は戦車の下まで戻ると、1体の"亜人の死体"を引きずってきた。
「それ......は......!」
目を見開く。
それはさっき砲撃で死んだ、よく通うパン屋のおばさんだった。
「ほらよぉッ!!」
――――パァンッ――――!!
既に死んでいるその亜人へ銃弾を撃ち込む。
「ッ!!!」
「お前らは無力だよなぁ!! 身体能力しか取り柄のない下等種族! 弱者は自分の同胞すら守れねぇっ!!」
連邦兵が亜人の死体を蹴り回す。
サーニャの知る優しいおばさんが、目の前でドンドン形を失っていった。
――――あれは......、あの人は。いつも自分に優しくしてくれた。
「お前もすぐ同じ肉塊にしてやるよ下等種族! せいぜいそこで突っ伏してなぁ!!」
今までの思い出が鮮明に蘇る。
まるで走馬灯だった。
美味しいパンを作ってくれていたおばさん。
小さい頃面倒を見てくれた近所のおねえさん
いつもいく教会で神父だったおじいさん。
毎日遊んでくれていた......お兄ちゃん
全部消えた、全部ヤツらに奪われた。
「恨むならこの戦争を恨みなクソガキ、連邦人に産まれなかった不幸を呪うんだな」
――――違う! わたしは幸せだった! この国で産まれ、この国で育ち、この国と共にあると決めた!
......なにかが見定めたのだろう。
「さっ、こいつを殺してサッサと進むぞ」
......なにかが決めたのだろう。
サーニャの瞳に、美しい女性のシルエットが浮かんだ。
あまりに美しく神々しいそれはまるで――――――
「死ね、愚かな亜人め」
......"女神"のようであった。
「主よ、国を救い、この幼き身に神罰の代行者たる力を......」
銃口を見定めるサーニャの瞳が、強く"金色"に輝いた。
「――――与えたまえ!」
雷光のようだった。
サーニャを中心に放たれた黄金の光は、雲を切り裂き鐘の音と共に上空1万メートルまで伸びた。
それは途中で分岐し、まるで"十字架"のようである。
ウォストセントラル中を照らしたその光は、当然国防省本舎前からも見えた。
「なにッ!?」
ラインメタル少佐は突如現れた光の十字架、世界を覆い尽くさんばかりの魔力量を前に尋問を中断。
大地を蹴って中心部へと駆け出した。
一方、その根本たる場所では連邦兵も混乱状態に陥っていた。
「なんだこの光と音は!!」
「くそっ! 撃てッ!! 撃てぇッ!!!」
歩兵分隊全てがサブマシンガンをフルオートで光へ浴びせる。
戦車の車載機銃も全弾をありったけ叩き込んだ。
やがて全員が弾切れを起こす頃......、弱まった光から1体の亜人が姿を現した。
――――カーン......カーン......――――!
鐘の音の下サーニャ・ジルコニアはゆっくりと......。
「ッ!?」
その金色の瞳を開けた。
「戦車ッ! 主砲だ! 主砲を使え!! 跡形もなく消し飛ばすんだ!!!」
命令を受けた『T−34』は照準器越しにサーニャを捉える。
「弾種変更"徹甲"! たかが亜人1体に大げさだがやむを得まい!!」
「跡形も残すな! 撃てッ!!」
爆音と共に85ミリ戦車砲から徹甲弾が発射された。
「セイクリッド――――」
数メートル前へ飛び出したサーニャは、両手に宿した金色の魔力を右手に合わせた。
「オリンピア!!!」
突き出された右手の平と徹甲弾が衝突し、イナビカリと閃光が弾ける。
数秒後――――沈黙は破られた。
――――ゴトン! ゴロンゴロン......――――
「嘘......だろ!?」
先端のひしゃげた徹甲弾が、サーニャの手のひらから地面へ落下した。
何物をも貫く徹甲弾が、素手で止められたのだ。
「にっ、逃げろぉ!! 化け物だー!!!!」
連邦歩兵分隊は一斉に撤退、戦車も全速後進をかける。
その様子を見たサーニャは、右手に再び金色の魔力を集めた。
「神よ......、我が主よ、その神罰たる力をもってどうか彼の者たちを主の下へ――――導かれん」
右手から砲弾数百発分のエネルギーが爆発した。
「『アルファ・ブラスター』!!!」
ウォストセントラル西方に、巨大なキノコ雲が立ち昇った......。