第186話 揺れ動く魔王城
「で、その報告は間違いないの? ジェラルド第3級将軍」
「はっ! エルミナ様! ウォストピアからの避難船団はほぼ壊滅! 我が配下の水竜軍団が残骸を確認しました」
魔都ネロスフィア 魔王城上層部。
最高幹部である吸血鬼エルミナは、あまり聞きたくない報告に思わず机へ突っ伏した。
ウォストピアから来るはずであった避難船団が、連合軍の攻撃を受けて壊滅したのだ。
まぁ言ってしまえばこの戦いは亜人が王国の民間人を殺したのが始まりなので、こうなるのは当然とも思える。
もっとも、そう命令したのはこの一見ただの少女にも見える最高幹部エルミナなので一概に全て亜人のせいというものでもないのだが。
しかしそんなこと彼女にとってはどうでも良かった。
「これでウォストピアも寿命かしら、えーっと......ジェラルド将軍?」
「なんでしょうエルミナ様」
「ウォストピアに攻め込んでる敵軍ってどれくらいいたっけ?」
ジェラルド第3級将軍は、この間の軍議を思い出しながら述べた。
「えー、現在東の方角から王国・共和国の連合陸軍およそ81個師団」
「ふむふむ」
「さらにウォストピア北西部より連邦軍250個師団が攻め立てております」
エルミナは無表情でKパン(戦時用のくっそ不味い代用食)を頬張る。
「さらに水竜軍団によりますと、王国海軍の大艦隊が南方海域の制海権を握っており、まともに泳げないとのことです」
「モグモグ――――んぐ、攻撃とかやってみたの?」
「先日水竜軍団による艦隊攻撃を行いましたが、近づく前にこちらが殲滅されました......」
水でKパンを流したエルミナは、深くため息をつく。
「なにそれ、絶望的じゃん......」
「はい、ウォストピアはもう終わりでしょう。もはや最終防衛ラインをネロスフィア前方に固める以外ないかと」
「......屈辱的だけどしょうがないわね、せめて穀倉地帯だけでも確保したかったけど」
「そういえばエルミナ様は最高幹部兼、食糧庁長官にもなられたのでしたな。心労お察しします」
枯渇する食糧を憂い、魔王軍は新たに戦時食糧庁を発足した。
既にジャガイモ局や小麦局、豚肉局などが有象無象していたためそれらを取りまとめる必要があると判断されたのだ。
現在魔王軍では、豚の飼育に制限をかけている。
豚の食料になる穀物は膨大なので、豚に食わせるくらいなら魔族で食べてしまおうという発想だ。
あーやだやだと、エルミナはグッと背もたれに持たれる。
「そういえばエルミナ様」
「なに?」
ギシリと椅子が軋む。
「あの"リーリス"という女、何者なんですか?」
「あの金髪のやつ? わたしにもわかんないわよ。ただ魔王様が気に入ってるのは確かみたい、ちょっとだけ一緒に行動したことはあるけど......言動は普通だったわね」
2人が話していると、部屋の扉が開けられた。
「ただの報告に時間かけすぎ、ジェラルド将軍は時間にルーズなの?」
入ってきたのは、氷のような髪色をしたショートヘアの少女。
「あっ、アルミナ様!?」
「久しぶりジェラルド将軍、ちょっとエルミナに話したいことがあるから......いい?」
「ハッ! では失礼致します!」
突然現れたもう1人の最高幹部に、ジェラルドは逃げるように退室していった。
「なにお姉ちゃん、なんか用?」
「うん、大事な話がある」
アルミナは息を深く吸うと、キッと妹であるエルミナを見つめた。
脳裏にあの勇者が過ぎる。
「エルミナ、準備ができしだい――――――ここから亡命しよう」
「......えっ?」
突然の提案に、エルミナの頭は真っ白になった。