第180話 首都争奪タイムアタックの始まり
――――王国軍参謀本部。
知性の牙城であるここは普段であれば戦況を冷静に分析し、もって然るべき命令を下す参謀官たちがいるのだが、今日はどうも空気が違った。
「状況はどうなっている!?」
「北方方面軍に急いでつなげ! 国境の連邦軍はどこまで減っている!」
「悪天候で航空偵察ができないだと!? クソッ!」
蜂の巣が襲撃を受けたかのような騒ぎに、参謀本部は包まれていた。
発端はミハイル連邦による突然の魔王領侵攻であるのは言うまでもない。
その中にあって、平然と......なんらいつもと違わぬ空気をまとう者が2人いた。
「共産主義者というのは思い切りが良いようだ、こうもアッサリ大規模侵攻に移れるとは......なぁ少佐?」
「全くです准将閣下、ですが彼らは我々の期待通り"潔白"を証明しようとしております。彼らの純然で狡猾な態度は褒めて然るべきでしょう」
元勇者ジーク・ラインメタル少佐と、参謀本部のトップたる参謀次長だった。
「貴官の言うとおりだ少佐、だが......」
騒ぎの中心――――大陸の地図を見て参謀次長はつぶやいた。
「ちと数が思ったより多いようだ」
連邦軍が国境を突破した時は、想定より多い128個師団だった。
それが、数日経った今日になるとなんと172個師団までさらに増えていたのだ。
尋常ではない数に、さしもの軍事大国アルト・ストラトスも思わず後ずさりくらいするもの。
王国が望んだこととはいえ、こうも凄まじい戦力を見せられると参謀将校としては億劫になる。
「報告します、スパイからの報告によると現在南東進を続けているミハイル連邦軍は、ウォストピア西国境へ到着する頃には250個師団を超えるとのことです」
参謀本部がどよめく。
250個師団......、それは王国の全力である80個師団の3倍以上の数だ。
重砲兵火力ならば数十倍は差があるだろう、展開している51個師団と比べるなら単純に5倍。
あまりの数字にみなが絶句する。
「少佐、どう見る?」
参謀次長が一言。
「連邦は我々に連合軍の結成――――すなわち一時的な同盟を申し入れていることから現状での敵意はないでしょう、ならば彼らの目的は別にあります」
ラインメタル少佐は参謀官たちの間を割って入り、地図前に立った。
「敵軍はA軍集団とB軍集団に分かれていますが、その目的地――――終局点は1つです」
「して、その終局点とは?」
「連邦の狙いはただ1つ、ウォストピアの首都であると考えます」
「ほぉ......、続けてくれ」
「コミー共は図らずも今まで日和見を続けてきました、戦争による国力低下を恐れていたのでしょう」
ラインメタル少佐は地図上の連邦軍A集団を指す。
「こちらの120個師団などはもっともわかりやすいでしょう、魔都ネロスフィアがあるであろう場所を完全に無視し、ウォストピア国境目指してまっしぐらです」
「我々とウォストピアを挟み撃ちにしようとしている可能性は?」
「それもあるでしょう、ですが連邦の目的は――――――誰より早く首都を取ることです」
ラインメタル少佐の言葉に、地頭のいい参謀官たちはわかった。
わかってしまったのだ。
日和見好きの連邦が潔白を示すため動いているなら、それは道理とも言える。
「ミハイル連邦は先に侵攻している我が王国より先にウォストピア首都を取り、潔白証明の材料とすることでしょう」
「つまり、ウォストピアの首都だけ落としてまた日和見に戻ると?」
「可能性としては大いにあります、コミーのことですから十中八九と言ってもいいかもしれません」
地図全体を俯瞰したラインメタル少佐は、参謀官たちへ向け振り返った。
「もちろん我々としてもそれは困る、連邦にはできるだけ疲弊してもらいたい」
「では答えは1つだな少佐」
ニヤリと頬を吊り上げる少佐と参謀次長。
「我々が先にウォストピアの首都を陥落させ、戦争主導権を握る! 手段は問わない、全ての都市攻撃、非人道兵器はウォストピア相手ならば合法だ。優秀なる参謀諸君! とにかく連邦軍より先に首都へ着き、敵の戦争指導者を我々の手で捕縛、もしくは殺害するのだ!」
――――11月16日。アルト・ストラトス王国とミハイル連邦は連合国軍を編成。協力して魔王軍に立ち向かう旨が公式に発表された。
翌11月17日、スイスラスト共和国が魔王軍へ自衛戦争開始を宣言。
大陸安定という名分の下、連合国軍へ加盟した(この際、永世中立国宣言は放棄されていない)。
11月24日――――3ヶ国連合は意思統一を目的として『連合国軍総司令部』を設立。
王国、連邦の境界に位置する永世中立国スイスラストの首都、チューリヒスベルクに設置された。




