第172話 我々は我々の道を
「なんだよ......ここ」
冒険者クロム・グリーンフィールドの相手をオオミナトに託した俺たちは、日本という国の街並みから抜け出していた。
ルシアが案内したポータルを抜けたそこは、天空を走る回廊のようだった。
下には雲はもちろん山々が見える。
「驚いたな、ここまで空間を捻じ曲げていたとは......」
ラインメタル少佐が感嘆する。
魔導士の端くれながら俺でもわかった。
ここは"王都周辺の空だ"。
どういうわけか原理は不明だが、この風景は幻じゃない。
「あれ......もしかして王都じゃないですか?」
朝焼けに照らされ、文明の灯火が輝くのは間違いなく王国の首都だ。
王城はもちろん、コローナ駐屯地や海軍基地、目をこらせば俺たちの住んでいる広報本部まで見えそうだ。
「いやー、飛行船の上から見る景色みたいだ。こんな光景なかなか見れないぞ諸君!」
回廊を楽しげに歩くラインメタル少佐。
「わ、わたし高所苦手なんですよ......。あぁ神様、この小さき身をお守りくださいぃ......」
怯えきったルシアが神頼みしている。
こういう時に励ます方法も知らないので、飛行船で高所に慣れてそうな少佐にとりあえずお任せする。
「ん?」
エンピを持ったセリカがどこかソワソワしていた。
「どうしたセリカ、高いところ苦手か?」
「あ、いえ......ただオオミナトさんをたった1人で置いてきて良かったのかと思いまして」
セリカの不安も最もだ。
相手は手段を選ばないストーカー野郎、ケジメをつけるためとはいえ、オオミナト1人でなんとかなるものなのだろうか。
「なーに彼女なら心配ないよ」
少佐が歩み寄ってくる。
「なぜ断言を?」
「確かにあれは彼女の――――日本人の手で片付けるべき障害だ。だから援軍を送っておいた」
「援軍ですか?」
「今頃はもう助けに入ってる頃だろうさ、それより――――見てごらん」
少佐が指差したのは回廊の最奥。
天空に浮かぶ黄金の扉だった。
あそこが最深部で間違いないのだろう、さっきから響く不気味な鐘の音はあそこから聞こえてきている。
「日本人たちがケジメをつけてるんだ、我々は我々でやるべき仕事をやろうじゃないか」
黄金の扉は重厚だが、押せば開きそうだ。
「ルシアは下がれ、俺達が先行する」
「わっ、わかりました」
ルシアはあくまで"安定"を施すためのいわば除霊要員。
最初の突入は戦闘ができる俺やラインメタル少佐、セリカで行うべきだろう。
「3......2、1――――今ッ!!」
トレンチガンを構えながら突入、すぐに部屋の隅を確認。
クリアリングを開始していく。
「右側敵影見えず!」
セリカが叫ぶ。
「正面も敵影なし」
いざ入って見れば、黄金の扉の内部はかなり巨大な空間だった。
外見からはわからなかったが360度を壁で囲まれており、塔の中を彷彿とさせる。
「左側もクリアだ、ただ周辺に嫌な散乱物があるね」
見れば、あちこちに血や――――
「っ!?」
ミハイル連邦製の銃が落ちていた。
「ヒッ!?」
ルシアが驚いて数歩下がる。
「《PPSHサブマシンガン》に《フェドロフM1916》だな、薬莢が落ちてることから戦闘があったと見ていい......」
これはつまり、魔法学院内で戦った連邦兵がここで"何か"と戦った証左。
全身が寒気に襲われる。
瞬間、少佐が上を向いた。
「全員! 上だッ!!!」
見上げれば天井に人型の巨大な肉塊がへばりついていたのだ。
およそ人とは似つかぬ顔で見下ろし、天井からゆっくり剥がれ落ちた。
「固まるな! 散らばれ!!!」
ラインメタル少佐が天井へ向けアサルトライフルを乱射する。
ゴ――――――ン! ゴ――――――ン!!
鐘の音を鳴らしながら化物は降下、砂埃を上げながら俺達の傍へ落着した。
「なにやってんだルシア!! 早く逃げろ!!」
まだ開いている扉への脱出を促すが、ルシアは震えるばかりで全く動けない。
「シュルシュルシュラァッ!!!」
「あっ......、うわあああぁぁッ!?」
固まって動けないルシアへ腕が振り下ろされる。
「クソがッ!!!」
身体能力強化を発動してルシアの前に飛び出す。
防御魔法を展開し、攻撃を正面から受け止めた。
「シュラァッ!!!!」
背中から生えた翼が、こちらへ突っ込んでくる。
まずい、俺の防御魔法は正面こそ最強だが側面からの攻撃には無防備だ......!
ルシアを守りきれねぇ!
「さっせるかぁッ!!」
真後ろからダッシュしてきたセリカが、右側の翼をエンピで弾き飛ばした。
「上出来だエルドくん、セリカくん――――はぁっ!!」
流れるような連携で少佐が左側から突いてきた翼を蹴り飛ばした。
「今だっ!」
「了解、ぬおおりゃあああああぁぁぁぁぁッッ!!!」
障壁ごと化物を押し返す。
勢いよく吹っ飛んだ敵は、壁に激突して瓦礫を撒き散らした。
「総員油断するなよ! 敵の実力は未知数! こいつを倒して王都の幽霊騒動に終止符を打とう!!」
「「「了解ッ!!」」」




