第168話 冒険者オオミナト ミサキVS冒険者クロム・グリーンフィールド
「久しぶりだねオオミナトさん、会えて......とても嬉しいよ」
道路を歩いていたクロムは、Yデッキから見下ろすオオミナトへ端正な笑顔を向けた。
「ずっとこの時を待ってたんだ、あのエルドとかいういけ好かない野郎が君から離れるのをね。君と一対一で接したかったんだよ」
手を広げるクロムは、とても嬉しそうにしていた。
「......」
そんな彼を見つめるオオミナトの目は、一層に冷たい。
彼女の黒い瞳は人を見る目をしていない、とてもわかりやすく例えるなら害虫を見る目だった。
「まだわたしに好意を持ってたんですね......」
「当たり前じゃないか! 僕は君しか愛さないと決めてある! 心の奥底から、細胞の根底からオオミナトさんだけを愛しているんだよ!」
ゾワゾワと鳥肌が立つ。
一度ぶちのめされたのに、眼下の男はまるで変わっていない。
自身は素晴らしい男だから、オオミナトのことだって必ずものにできると信じる大バカ。
「......キモい」
凄まじい突風が吹き荒れた。
「キモいキモい......! 気持ち悪い! ちょっとは自分のことを――――疑いなさいよッ!!」
Yデッキから飛び降りたオオミナトは、風の剣を生成。
人間離れした速度でクロムに斬りかかった。
「アッハハ、酷い言いようだなオオミナトさん。僕はただお迎えに来ただけなんだよ」
森すら薙ぎ払う一撃を、クロムはヒョイとかわした。
アスファルトが粉々に砕け散る。
「君を魔王城に連れて行っていいかヒューモラスから聞いたんだ、そしたら好きにしていいってさ。どうだいオオミナトさん、僕と一緒に――――不変の愛の中でかけがえのない時を過ごさないかい?」
「絶対に嫌ッ!」
反対側へ飛び退いたクロムへ、オオミナトは左手を向ける。
「『アルティメット・ウインドランス』!!」
具現化されたのは風の槍。
魔法学院の屋上を吹っ飛ばしたオオミナトの必殺技だ。
鋭い風の殺意はクロムへ低空で向かう。
「だいぶ強くなったじゃないかオオミナトさん、もう前の僕よりレベルも高いんじゃないかい?」
クロムは持っていた弓を構えると、グッと矢を引き絞った。
「『炸裂魔法付与』」
放たれた1本の矢が、オオミナトの技を相殺した。
爆風でビルの窓ガラスが割れる。
「もう男や友達に頼ってただけの君じゃないんだね、凄いよ、強い女性は大好きだ!」
「ッ......! キモいキモいキモい! だったらわたしの全力見せてドン引きさせてやる! ボコボコにしてもういっぺん振ってやる!」
風がオオミナトの周囲に集まる。
体の奥底から熱い魔力がたぎり、気合一閃、爆発させた。
「『風神の衣』!!!」
彼女の瞳が、元来の黒からまばゆい銀色へと変化する。
『風神の衣』。
これは先の魔導士殺しとの戦闘でオオミナトが覚醒した、いわば最上位能力向上魔法だ。
「魔力が10倍......いや、数十倍に膨れ上がった。まさか君がここまで強くなっていたなんてね!」
クロムは弓を構えた。
「『誘導付与』!!」
エンチャント付きの矢が発射される。
「拡散し――――収束せよ、『レインアロー』!!」
1本だった矢が数十本に分裂し、それら全てが誘導能力をもってオオミナトへ襲いかかる。
「はっ!」
だがオオミナトは、風剣を一振りするだけでそれら全ての矢を蹴散らしてしまった。
今の彼女にはどんな魔法も効かない、そう知らしめるだけの威力だった。
「クソッ!」
矢継ぎ早に次弾を放つ。
それでも、もはや目で捉えることすら困難なスピードでオオミナトはクロムとの距離を一気に詰めた。
「ゴフッ!?」
オオミナトの蹴りが容赦なく顔面を打つ。
しかし乙女の怒りは、そんなもので収まらなかった。
「ヴァハッ! ブゴ!? グフォッ!?」
凄まじい蹴りの連撃をクロムの顔面へ放つ。
これがスカートだったら到底できない技だが、彼女が履いているのはズボン。
遠慮なく打撃を目の前の変態ストーカーに叩きつけた。
「うぐっ......おおっ......!」
弓を手放し、膝をつくクロム。
イケメンと呼ばれても差し支えない顔は、ものの見事に腫れ上がっていた。
「これで終わりです......クロムさん」
まだ立ち上がってきたクロムに、オオミナトは風剣を向けた。
二度と周りに迷惑は掛けれない、冒険者の失態は同じ冒険者として償う、このストーカー野郎による被害者を増やしてはならない。
その想いを胸に――――彼女は一切の躊躇なくクロムの心臓を――――
「はあッ!」
その剣で貫いた。