第154話 突然の奇襲
人通りが多く、明かりもたくさんある賑やかな大通りをセリカとルシアは歩いていた。
彼女たちの雑談は陽気そのものであり、ルシアは夜の闇の恐怖を完全に忘れ去っていた。
王都の大通りを歩いているのだ、これ以上に賑やかな場所なんてない。
セリカとしても、このまま何事もなくルシアを家まで送れればいいと思っていた。
「あっ、すみません!」
ふと、セリカの肩が人にぶつかってしまう。
向くと、それは真っ黒なローブを来た同じ身長くらいの人――――
「怪我とかありませんか?」
「......」
黙りこくるローブの人間。
少々不審に思ったセリカが顔を覗き込もうとした時、その右手がセリカの胸ぐらを掴んだ。
「ッ!?」
「大丈夫、怪我をするのはあなたの方だから」
フードの中に映った顔を見て、すぐさまセリカは左手を拳銃が入ったホルスターに伸ばす。
だが、届く前に彼女は凄まじい力で投げ飛ばされた。
「ウアッ!?」
果物屋の屋台に激突し、売られていたフルーツが散乱する。
「セリカ!!」
悲鳴に近い声を上げるルシア。
崩れた店に埋もれたセリカは、果汁だらけになった体で嗚咽を漏らした。
騒然とする大通り......。
上半身だけ起こした彼女の前に、フードを下ろした人間――――――否、吸血鬼が姿を現した。
「久しぶりじゃない、勇者パーティーのスコップ使いさん。って――――そもそもわたしのこと覚えてる?」
腰まで伸びた桃色の髪と、吸血鬼特有の牙。
忘れるはずもない、それはロンドニアで暴れ回った魔王軍の最強戦力――――
「魔王軍最高幹部――――エルミナ......!」
「覚えててくれて嬉しいわスコップ使いさん、なに? 呑気にお友達と雑談中だった? 無防備すぎたから思わず投げちゃった」
エルミナは悪びれる様子もなくセリカに近寄った。
「ルシア逃げて!! こいつはとてつもなく強い! 殺される前に早く!!」
やっとできた同性の趣味友達を逃がそうと懸命に叫ぶ。
ルシアの戦闘力はほとんどゼロに等しい、エルミナという勇者か機甲連隊を派遣しなければ勝てない相手と対峙させるわけにはいかなかった。
「随分とお友達思いじゃない、泣けるわね」
仰向けになっていたセリカの腹部を、エルミナは容赦なく踏みつけた。
「がっは......!!」
セリカの口内から血が溢れる。
抵抗が消えることを確認すると、エルミナは彼女のホルスターから拳銃を抜いて傍に投げ捨てた。
「脆いもんねぇ人間なんて、ロンドニアじゃこんなのにやられたなんて......」
「うぐっ!?」
茶髪を掴むと、エルミナはセリカをその場で無理矢理立たせた。
「一族の恥ね、勇者が来る前にあなただけでも殺しておこっと」
言うが早いか、エルミナは無抵抗のセリカのみぞおちに思い切り膝蹴りを叩き込んだ。
「ゲボッ......!!」
尋常じゃない威力に思わずセリカは吐血。
石畳に赤い花が咲いた。
「いや......! セリカ......!」
――――動けっ、動けッ!!
目の前で一方的に殴られる友達を前に、ルシアは震える足を一歩動かした。
セリカがああして無抵抗なのは、明らかに自分をこの場から逃がすためだ。
だが、かけがえのない友が眼前で殺されかけて――――
「けほっ、ルシ......ア、にげ......て......」
「満身創痍でもまだ友達優先なんだ、健気なこと。じゃあこれで終わらせてあげる」
――――見捨てて逃げるなんてできるわけない!!!
ルシアは走ると、さきほどエルミナが"投げ捨てた物"を拾った。
「跡形もなく消し飛ばしてあげるわ、滅軍戦技――――ブラッド・ノヴァ!!」
右手に最大級の魔力を溜めたエルミナは、もう目を閉じてしまったセリカへそれを向けた。
「死ね」
スライドを引き初弾を装填、ルシアは入院中に本で見た構えを見様見真似で行い――――――
――――ダンダンダンダンダンダンダンダンッ――――!!!!
9ミリ拳銃弾が一気に発射される。弾丸はほぼ全てがエルミナの全身に当たった。
「なにっ!?」
照準をズラされたエルミナの魔法はあらぬ方向へ向かい、尖塔を1つ吹っ飛ばした。
街全体に警報が鳴り、大通りにまだいた人間たちが悲鳴と共に逃げ惑う。
よろめいた吸血鬼は、気絶寸前のセリカから手を離すと。
「あー......、そういうことするんだ」
スライドストップの掛かった拳銃を手に立ち尽くすルシアの前に、ゆっくりとエルミナが近づく。
「アンタは別に殺さなくてもいいやって思ってたけど予定変更ね」
「あ......うっ......」
迫ってくる最高幹部。
恐怖で動けないでいたルシアは、この時点で今度こそ自身の死を覚悟した。
「じゃあね、愚かなプリーストさん」
振り上げられる拳はしかし――――――
「ちょっと待ったぁっ!!」
「なっ!??」
エルミナが吹っ飛ばされたことで降ろされなかった。
「えっ!?」
彼女を横から凄まじい勢いの暴風が殴りつけたのだ。
掠れるセリカの視界に、見慣れた体操着を纏った黒髪の少女が立っていた。
「甘かったわね魔王軍! 主人公補正を持つこのわたしに目をつけられたのが運の尽き!」
冒険者、オオミナト ミサキの姿がそこにはあった。
「お前は確か......! オオミナト ミサキ!!」
「へー覚えててくれたんだ。まっ、ロンドニアじゃ互いに血を吐いて殴り合った仲だもんね〜」
いつもの陽気な彼女はセリカとルシアの前に立つ。
「大丈夫ですかセリカさん、随分ボロボロですけど」
「あっはは......、ちょっと油断したッス......」
セリカは思わぬ援軍に安堵すると、その場で座り込んだ。
「確かに前より強くなったみたいねオオミナトミサキ、でもそれだけじゃわたしには勝てないわよ」
「ん? 別にわたし1人じゃないし」
瞬間――――男の声が響いた。
「『炸裂魔法付与』!!」
エルミナを爆発の連続が襲った。
30回起こったそれは、エルミナに少なくないダメージを与える。
「爆発する銃弾!? まさか――――」
見ればオオミナトの後ろから1人の男が現れたのだ。
「久しぶりだな、最高幹部さんよ」
銃弾を放ってきたのは忘れるはずもなし。
ロンドニアの戦いで彼女自身を下した異端の魔導士、蒼玉銀剣章の受勲者。
「エルド......フォルティス!!」
親の仇を見るかのような表情になったエルミナだが、追い打ちはさらにかけられた。
「『グラキエース・フレシェットランス』!!」
屋根上から降り注いだ氷の槍に、とうとうエルミナは膝をついた。
「ぐぅっ......!」
「やぁエルミナくん、姉の技をくらった気分はどうだい?」
楽しそうに聞こえてきた悪魔の声は、屋根上に立つ王国最強の男が放ったもの。
「勇者......ジーク・ラインメタル!! もう来たというの!? しかもなぜお前がその魔法を......それはお姉ちゃんの技だ!!」
「おいおい、なにも君たちの専売特許じゃないだろうに」
見れば隣には銃を持った数名のレーヴァテイン大隊の隊員。
いやそれだけではない......、周囲は完全に王国軍によって囲まれていた。
「どうせ前線でなにもできないから後方にハラスメント攻撃に来ただけだろう?」
再び銃弾と氷の槍がエルミナに向かって叩き込まれる。
「ぐあぁっ......!!」
「さっさと帰ることだな吸血鬼、戦力差は歴然だ。まぁ望むなら――――――」
さらに炎の槍を空中に出現させる少佐。
「今ここで死んでもらってもいいぞ?」
「......クソっ!!」
忌々しげな表情と共に、エルミナは転移魔法で王都から消えた。
「セリカ! 大丈夫か!?」
ボロボロになった彼女へエルドが駆け寄る。
「これくらい大したことないッスよ、回復ポーション飲んだらすぐ治りますんで......」
命に別状はなし。
彼は泣きじゃくるルシアがセリカの胸に飛び込むのを見届けた。
最高幹部級による突然の奇襲
転移魔法での後方攻撃は早急の課題であることが示される。
――――夜の王都には、まだサイレンが鳴り響いていた。
銃を奪ったら、ちゃんと弾倉を抜いてチャンバーから弾抜きしないとまた撃たれますのでお気をつけを。
個人的には本話。あれほど銃を嫌っていたルシアが無力を嫌って友達を守るために引き金をひいたという、彼女の変化を感じさせるお気に入りの回です。